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zoom RSS えろげー雑記D「かにしの再考」

<<   作成日時 : 2007/05/25 16:36   >>

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(大いにネタバレを含みますので、未プレイの方はご注意下さい)


当初、このブログはかにしのSS保管庫として立ち上げたわけですが、本体のゲームがすでに発売より半年を過ぎたにもかかわらず、多くの方が今なお新規にプレイし、その結果感想や考察も増え続けている、というのは一ファンとして嬉しいことです。
さて、その中にあって、幾人かの方が考察の中で指摘しておられる事項があります。
それは分校と本校、お互いのシナリオ構造における対称性です。
これについては、ディレクターの朝妻氏のコメントをぜひ聞いてみたいところだったのですが、VFBでも氏のコメントがなかったので、今のところ公式に保障された見解、というのは在りません。だから、と言うわけでもないのですが、このゲームを本校、分校、といたずらに区別するのではなく、あくまで総体として捉えたときには必ず考慮が必要な問題であると思います。
と言うわけで、ここでは一つの結論を出すことは意図せず、あくまでその対称性を検討することによって、結果的に両ライターの作風の違い,そして敢えてそうした手法をとったディレクターの意図などというものを邪推してみようかな、と考えております。
 あくまで今現在のとりとめない思考のまま書き綴っておりますので、後ほど追加したり意見をあっさり変えたりするかもしれませんが、まあ読んでやってもいいかな、と思った方は先にお進みください。

(以下、5月25日初稿/6月14日、一部情報を修正)
@敵は誰か
まず一つ目は、ヒロインが対決/超越すべき存在について。
シナリオごとに非常に分かり易い対称性があります。

「権能を象徴する存在としての親、上位者としての一族」
その絶対的な力によってヒロインを支配する存在。
本校:みやび 分校:邑那

「家を象徴する存在としての親、一族の血」
なによりも血族の呪縛によってヒロインを束縛する存在。
本校:殿子  分校:栖香

「自分自身と主人公のトラウマ」
上記と異なり、目に見えない敵として互いの心の中を縛る存在。
本校:梓乃  分校:美綺

Aパートナーは誰か
これも分かり易いですね。
「2+1」
本校:みやび・リーダ+司  分校:邑那・燕玲+司
血縁より濃いパートナーシップへの主人公の参入と受容。
※ヒロインが司を必要とするがゆえに成立する関係。みやびにしろ邑那にしろ、「甘え」を見せることが出来る相手として司を必要とした。どちらも、必要とされる存在→互いが互いにとって必要な存在、への移行の過程で従来からのパートナーにも受け入れられる、という流れ。
本校では「リーダ自身」が司を必要とする、という視点が加えられているため、人によっては「これはリーダさんシナリオ」と言うのもむべなるかな、です。
分校では「嘘」が邑那の甘えをぎりぎりまで隠蔽するが、公的な部分でなく私的な部分で甘えられる存在を求めた、と言う点でみやびと本質的に同様であることがうかがえます。

「1+1」
本校:殿子 分校:栖香
血縁より濃い二人の世界。両者の家族はパートナーシップの成立に影響をもたない。
※故にトラウマがメインテーマとなることもなかった。この二人のシナリオでトラウマがほとんど話題にすらならないのは、二人だけで最小単位の家族を一足飛びで構成してしまったから、とみることもできる。血の呪縛を絶つために、力を持たない二人が出来る最大限が家を捨てる、という行為だった、ということでしょうか。

「(1+家族)+(1+養家族)」
本校:梓乃 分校:美綺
良き家族を持つがゆえに、互いが互いのトラウマを解放することが可能だった、ともとれる。
※美綺においては美綺自身のトラウマは明確には語られていないが、「涙は〜」における父親との一連のやりとりからは心の奥底には恐怖が潜んでいた、と類推することは可能と思われる。そして、その場に司が居たからこそ、美綺にとって重要な存在となりえた、という流れを見ることは後の美綺の告白からも可能ではないかと。

Bテーマは何か
ボスキャラシナリオ「権能の超越」
本校:みやび 分校:邑那
みやびは逃亡も視野に入れつつ、時間をかけて超越を計る。
邑那は闘争によって超越を達成する。
みやびのエピローグはただの問題先送り、という方もおられるようですが、「彼等にとって大事な問題」は片付いている以上、もはや権能自体が敵としての意味を失った、と見ることもできるでしょう。

表裏一体のシナリオ「解放と救済の裏表」
本校:殿子&梓乃 分校:栖香&美綺
姉妹のような関係の二人と実は姉妹だった二人、というヒロイン同士の関係にも対称性をもたせています。殿子と栖香においてはヒロインが救済された感が強いのに対し、梓乃と美綺では最終的にヒロインが司を救済する側にまわる。ゆえに司自身については、殿子と栖香のシナリオではやや踏み込み不足の感が否めませんが、これは重視した部分の違いと見るべきでは。

 さて、Bまで見てきたとき、相似でありながらその料理の仕方に明らかな違いがある、という事が浮かび上がってきます。それが顕著なのがみやびシナリオと邑那シナリオです。
みやびとのパートナーシップへの参入に必要とされたものは「能力」でした。
みやびが状況と戦うための能力です。司はまず能力によって認められ、恋愛感情には最後の最後まで気づきません。トラウマのため、気づかない振りをしていた、という見方もできるでしょう。対するに、邑那シナリオでは邑那はすでに状況と戦う能力を備えています。司の能力はそもそも必要としていません。故に司が認められたのはただ邑那への想い、恋愛感情によってだけでした。先に恋愛感情が発生してしまっている以上、ここではトラウマはもはや問題になりえないのです。
 VFBのインタビューを読んだ勝手な感想では、ここに「信頼」と「恋愛」に対する二人のライターの考え方の違いが端的に現れているように感じました。申し訳ないことに名前を失念しましたが、http://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/のかにしのレビューで健速氏は「愛」を語り、丸谷氏は「恋」を語る、という意味あいのレビューをされている方がおられました。正に二人のスタンスを適切に表している言葉ではないか、と私は思います。

※6月14日再度確認致しました所、昨年11月末のnekocat様のレビューでした。今はHNを変えられたようですが、この方のレビューは好きだったのでまたどこかで読めると嬉しいですね。
 
 この恋愛感情≒全面的な信頼、はトラウマを超える、というテーゼは梓乃と美綺においても扱われているわけですが、梓乃と美綺においてはそれがあっさり「家族」の段階にまで到達するのに対し、みやびと邑那ではリーダと燕玲というもう一人のパートナーの立ち位置ゆえか、もう一つ壁が存在しているように伺えます。個別のエピローグを見る限り、最終的にその壁は今だ取り壊されるだろうが、まだ彼等はその過程にある、と言う印象を受けました。
 余談ですが、個人的にはその壁がなくなった暁には「リーダ(みやびの姉)+みやび+司」
と「邑那+司+燕玲(司の姉)」と言う「家族」になるんじゃないかと想像しますが、皆さんはどう思われますでしょうかね。
 姉としての二人の立ち位置の違いは、単純に司との間に恋愛感情が生まれるかどうか、を考慮した結果です。リーダが司と結ばれることがあっても、燕玲が司と……というのは考えづらい。むしろあらゆる意味で「もうひとりの司、もうひとりの燕玲」である渉と、のほうが後日談としてはありえる気がしますが――そこまで行くと妄想が飛躍しすぎですね。
その渉についてや、暁先生+奏とかサブ組についてもいくつか書きたいことはありますがそれはまたいずれ。

 とりあえず、ここまで駄文を連ねてきた中で思ったのは、同じようなテーマを扱っているにもかかわらず、ライターの個性によってここまで違うものに仕上がるのだ、と言う単純な驚きです。私は、本校分校優劣論に加わる気は今までも今後も一切ありません。むしろ、ゲーム全体としての統一性を欠いたとしばしば非難される両ライターとディレクター陣を讃えてやまない者です。なぜなら、この相似とテイストの違いを際立たせるためにこそ、本校と分校という分け方をし、あえて互いのヒロインに対称性を持たせたのではないか、と私は思っているからです。
――今日はここまでにしておきます。最後まで読んでいただいた方に感謝。
お礼に邑那さんを貼っておきますね^^;
画像


……え?いらない?そんなことを言う人には源八郎爺さんが(ry

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