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zoom RSS かにしのSS「Cherry Girls 前編」

<<   作成日時 : 2007/06/01 00:43   >>

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かにしのVFB発売に合わせて、ということで書いた作品です。
みさきち√第九話〜第十話のころを想定しています。
主人公は分校サブキャラの一人、三橋香奈嬢です。
彼女の愛すべき駄目っぷりをお楽しみ下さい。


「Cherry Girls 前編」

……この時間は、彼女だけのもの。
読書灯だけがベッドを照らす中で、もぞもぞと動くパジャマ姿の影。
密やかな声が漏れる。
「……んっ……あ」
指が中心を求めて動く。
誰かを想いながら、彼女の手と指は的確に自ら快楽を貪る。
「あっ……ん…………ッ!」
ひときわ高い声が部屋に響いた後。
全身の力が抜けてベッドにだらり、と横たわった彼女はじっと手を見る。
指先を光に照らすと、半透明の液体がわずかに糸を引いた。
恐る恐る――だが結局はいつものように、おずおずと伸ばした舌がそれを舐めとる。
少しだけ、塩辛かった。
同時に襲ってくるのは、自己嫌悪と虚脱感。
「また……やってしまいました、なのです……」
そう言いつつも、決して彼女は毎夜のこの儀式をやめようとはしない。
「……シャワー浴びて、寝ましょう」
身だしなみはきちんとして眠ること。
その必要性を誰よりも、自分が一番よく知っている。
そもそも、もともと寝相が良いほうではなし。
加えて、朝の自分がどんな状態にあるかを思えば必要かつ重要な予防措置だった。
たまに、毎日これをしているせいで朝が弱いのでは、と思うこともある。
けれど――今の彼女は、してから、でないと眠れないのだ。
どんなに罪悪感を覚えても、やめられなかった。
特に最近。皆が遊ぶ砂浜に、遅れて一人の少女がやってきた、あの日以降は。
机の上の写真立てに一瞬眼をやった後、はぁ、と溜息をついて彼女は浴室に向かった。
写真の中には、水着姿の少女が良く似た髪の色を持つ姉と話している光景があった。
楽しそうに。とても――楽しそうに。
彼女は思う。
なぜ、私は楽しくなれないんだろう。
楽しく――なりたいな。

「香奈ちーん!朝だよっ!メイドさん来ちゃうよー!」
大銀杏弥生の声が遠くから聞こえる。
分厚い扉を超えて届くということは、よっぽどバカでかい声で叫んでいるに違いない。
(………………)
もぞり、と眼の開かぬまま三橋香奈は起き上がった。
条件反射のようなものだ。とりあえず体は直立しても、脳は90パーセント眠っている。
部屋の物体もほとんど「見て」はいない。
カンブリア紀の生物のように、光の濃淡だけで部屋の中の障害物を認識し回避する。
だがこんな状態でも、歯ブラシや洗面用具はいつのまにか必ず手にしている。
毎日必ず同じ場所に配置してから寝るという下準備のおかげだ。
もし誰かが歯ブラシと剃刀をすり替えていたら大変なことになるだろうけども。
絶望的に朝に弱い彼女の最低血圧は20以下。中学の修学旅行では変温動物と呼ばれた。
小学生のころ、朝起こしにきた母が驚愕のあまり救急車を呼んだこともあったほどだ。
朦朧としたまま、香奈がそのままドアを開けると。
「ふがっ」
今日も誰かにぶつかったらしい。
「うぐぐぐ……またか三橋……いつも言っているが出てくる前に服を着替えろ!また胸元がっ下着がっ」
例によって滝沢先生のようだった。
何故いつも扉側を歩くのですか、と普段の香奈なら思うだろうが、今の彼女にそこまでの思考力はない。
先生と認識したのも声がデジャヴと結びついたからに過ぎず、会話しようという意思も当然生じない。
溜息をつく滝沢の背後から響いた声もまた、耳には入っているが聞いてはいない。
「はいはいそーこーまーでー!センセ、朝食まだでしょ?一緒にいこっ!」
「……おはよう、相沢」
「おっはよー!もう我が妹は食堂いっちゃったよっ!」
(………いもうと?)
そのフレーズに生ける屍状態の香奈はぴくり、と反応した。
相沢美綺と連れだった教師の足音が遠ざかるにつれ、彼女の脳内から霧が晴れていく。
「……いも」
「およ?眼ぇ醒めた?香奈ちん」
「……芋?ぽてちでも食いたいのかな?」
弥生とのばら他、残されたいつものメンバーが首をかしげて見守る中。
ややあって、認識が戻ってくる。世界が開ける。
…………
「きゃああああああ!あさああああっ!着替えっ着替えええええ!ごはんっ!」
「おー、今日は素に返るの早いじゃん香奈ちん。あったしが呼んだおかげかなっ」
自分に常に都合よく解釈する弥生に、のばらは冷静に返す。
「やーちゃん、賭けに勝ちたいからってあんなでかい声で叫ばなくたってさー。まあ、時間見た限りではあまり意味無しだったみたいだけどー?」
ちーん。エレベーターの音。配膳の時間だ。
「あれれれ、メイドさんもう来ちゃったよ。んーとぉ……着替え間に合うと思う?」
「今日も駄目だと思うねー。つーことで賭けはあたしの勝ち……ああっ逃げるな弥生っ!」
「いつも通り♪いつも通り♪」
双子がさえずるように宣言すると同時に、メイドさんズが朝食の配膳ワゴンを押して現れる。
やんややんややんややんや。
……そしていつものやり取りの末、今日もワゴンは香奈の部屋をスルーしていった。
扉の向こうから引き止めを懇願しつつ、ようやく着替え終えた香奈が出てきたとき、既に美味しい筈の朝食は遥か彼方。
「ああっ……朝ごはん……」
未練がましく手をそちらに向ける彼女の背後からぽんぽん、と誰かが肩を叩く。
力なく振り向くと、そこにはちよりんが影のように佇んでいた。
「……スルー記録継続中」
一言ぼそりと呟いて、足音もたてずそのまま通り過ぎていく。
とどめを刺され、気力の尽きた香奈はそのままへたり込む。
ぐきゅるるるぅ、と同時におなかが鳴った。
「……ごっ……五ヶ月超えなのですっ……」
新学期から一度たりと、香奈は朝食にありついていなかった。要するに、長めの休暇のとき以外は土日ですら常に逃しているのだ。
それならワゴンを止めて食堂で摂ればよさそうなものだが、こんな彼女にも意地があり人並み以上に他人への見栄がある。
かてて加えて自分から何かを変えよう、とはなかなか言い出せないタイプでもあった。
といって朝、無理やり起きるだけの意志力も使命感も血圧も彼女にはなく。
かくして記録は更新を続ける――とは言え、年頃の娘がずっと昼まで何も食べずにいられるはずもないわけで。
食事が当たらない可能性を見越して、普段の香奈は休憩時間につまむ菓子などをあらかじめ調達していた。
(我ながら常に弱気だとは思いますけど……しかしっ)
しかし今日。一時限目の授業を迎えた香奈の顔色は青ざめていた。
ポーチに入っていた筈の菓子類をすべて切らしていた。その上たまたま小銭の持ち合わせも無い。
重大な危機であった。 休憩時間に寮まで戻っている余裕はない。売店も使えない。
しかし、周囲に菓子や小銭をねだるのは彼女のなけなしのプライドが許さない。
つまりそれは、昼食までこの状態で耐えねばならないという事を意味していた。
ぐ……ぐきゅるるるるうっ。
一時限目から盛大にお腹の虫が鳴り響く。
昨日の夕食は早めに終えてしまったので、胃の中には一切何も残っていない。
胃液が空きっ腹に沁みるのを彼女は感じていた。踏んだり蹴ったりである。
(ううっ……恥ずかしい……)
音に関しては、本人が思っているほど周囲に響くわけではない。
加えて周りはいつものことなので気にもしていないのだが、本人の羞恥心には重大なダメージだった。
しかも今日は、隣に彼女がいる。
元は鋼鉄の委員長、しかして今は相沢美綺の妹。すなわち仁礼栖香が。
何度目かのぐきゅるる、の後、ちらりとその仁礼が香奈を見た。
(聴かれた?ううっ……恥ずかしいですっ……)
彼女には。彼女にだけは、こんな姿を見せたくはないのに。
もっとも、香奈の内心を知ったら同級生は口を揃えて「今更遅い」と言っただろうが。
(ただでさえ軽く見られているのにっ……一層軽蔑されてしまいますっ……うう)
(……三橋さん?)
その時、彼女がそっと囁いた。
(……え?)
(良かったら、食べて下さい)
机の影から、そっと手がこちらに差し出される。
(……ちろりちょこが三つ)
華奢で繊細で色白の、彼女の手にちょこんと乗った、やや場違いなお菓子。
休憩時間につまむためのものだろうか?とは言え香奈には過去、仁礼がそのような行動を取っていた記憶はない。
(ちろりちょこ……も彼女らしくない……ですがっ)
(……御嫌いですか?)
(あっ……ありがとうございます……)
恥じ入って、でも遠慮している場合でもなく、香奈はそっと受け取った。
先生の眼を盗みつつ、口の中に放り込んだその味は――いつも食べるチョコより、さらに甘く感じた。

昼休みになり、なんとか資金と栄養は補充完了。
ようやく人心地がついた香奈は、食堂から出たところでトイレから出てきた仁礼に会った。
慌ててもう一度先ほどの礼を言う。
「に仁礼さんっ!さささっきはどうもありがとうございましたっ」
いえ、と彼女はにっこり笑って、
「お気になさらないで下さい。何しろ音が聞き苦……いえ、失礼致しました」
こほん、と咳払いをして頬を赤らめる仁礼栖香。
今何て言ったコラ、と思いつつもむしろ落ち込む香奈。
(聞き苦しいって言われた……仁礼さんに……ううっ……)
だがその栖香は眉間にしわを寄せてなにやら真剣に考えている。
その表情に怯えながらも香奈は尋ねてみる。
「……ま、まだなにか?」
「いえ、済みません。中々適切な言葉が見つからなくて。その……三橋さんも、余り人に聴かれたい音では無いのでは、と思ったものですから」
どうやら気を使ってくれていたらしい。言葉の選択はともかくとして。
「いいいえええええ!あああ有難うございます本当に!そのっ、でも、仁礼さんがチョコを持ち歩くなんて意外で」
「ええ……実は朝食の後にお姉様から頂いたのですけど、食べきれなくて……後で頂こうとは思っていたのですが」
そんな大事(と仁礼さんが思っているであろう物を)呉れたのか。青くなった香奈は即座に返答する。
「ごめんなさいごめんなさいっ。買って返しますっ」
「宜しいですよ。また貰えますし……それに、その」
何故か口ごもる栖香。
「……何か?」
「私は余りその……三橋さんのように休憩時間に食べる習慣が無いものですから」
どずんと再び落ち込む。
(ううっ――そんな比較をされると私の育ちの悪さがにじみ出ている様じゃないですかっ)
「……習慣ではないんですっ!これは止むを得ない事情があってですねっ」
「そうだったのですか?」
反論する香奈に首をちょっと傾げた後、はた、と手を打つ栖香。
「ああ、そうでした。朝食をいつも御摂り出来ていないので御腹が空くのですね」
「…………」
今度こそとどめを刺された。
必死で平静を装いながら沈没し続ける香奈の前、なにやら考えていた栖香は突然提案してきた。
「あの……もし宣しければですが、私達と、食堂で朝食を御一緒致しませんか」
え?と香奈は自分の耳を疑う。
何ですか、その振って沸いたような良い話は?
「最近良く、お姉様と上原さんと滝沢先生で食べているのですけど、三橋さんも一緒ならもっと楽しくなるのではないかと――」
何故。そんな、飛びつきたくなるような話を。
今。こんな時に。
「ああああのあのあのっ」
気がつくと香奈は、
「ううう嬉しいんですけどっ、私は朝ちゃんと起きれるようになりっなりたいのでっ」
心にも無い言葉をひとりでに紡いでいた。
起きれるわけが無いのに。
「ワゴンの朝食を、食べられるようにならないと人としてっ」
努力してるといいつつ、本気で頑張ったことなど無いのに。
「ままっままたの機会にっ!」
ばたばたばたっ、と後ずさりしてしまう。
そうしたく無い筈なのに、何かを恐れて、下を向いてしまう。
「……そうですか。では、またの機会に」
栖香の声は怒っているようには聞こえなかった。
香奈は恐る恐る、眼だけで彼女をちらりと見上げる。
――美綺と和解する前の仁礼栖香が、そこに居た。
家族と団欒する美綺を影から見ていたときの、あの眼。
寂しそうなその眼が視界に入ったとたん、さらに香奈はいたたまれなくなって。
「ごっごっ――ごめんなさいですっ!」
その場からダッシュで、離れてしまった。

「ふ……ふえええええんッ!」
ダッシュしながら彼女はぐずぐず泣く。
いつもの――そう、いつものように。
(なぜ、いつも私は、私はっ……正直になれないのでしょうかっ!)

三橋香奈。
気が弱くてすぐパニクる。
努力こそするが、客観的に見るとあまり成果を挙げていない。
困るとしばしば思ってもいないことを言って、その場を取り繕おうとする。
ちょっと頑張るとその度に言葉尻を捉えられ、足元をすくわれる。
舞い上がって高いところに立つと、自分から足を踏み外して落ちる。
せめて屋根の上ぐらいならと昇れば、誰かに梯子を外される。
――そんな彼女。

そんな香奈に、転機が訪れたのは。
夏も終わり、長雨がやって来る少し前のことだった。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
三橋の挙動不審さが脳裏に浮かぶ文章でしたw
めちゃくちゃ面白かったっす。
りっとくん
2008/05/13 20:51
コメントありがとうございます。
分校のサブキャラはみんな好きですが、三橋はその中でも美味しいキャラでしたね。いぢりがいがありましたw
紅茶
2008/05/13 21:43

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