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zoom RSS 雑記「きっとかわいい女の子だから」

<<   作成日時 : 2007/09/24 15:33   >>

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遠藤浩輝短編集 1 (1)
遠藤浩輝短編集 2 (2)

読んだ事のある方であれば、この時期に紹介する理由はまあお解りかと。
凶器がゴルフクラブであれば、あるいはこの作品が真っ先に取りざたされていたかもしれません。マスコミの考えることは所詮そんなものです。ハゲタカと一緒ですね。
個人的には、思春期の少年少女は大体一回は性に関するもの全てを汚れたものと感じる時期があると思っています。大人になっていく感覚というのを、同時に汚れていく感覚ととらえる――そんな経験は、それこそ誰にでも時期こそ違え存在するものでしょう。
ましてや相手が反抗の対象となるような親であれば、余計その嫌悪や拒否感は増すであろうとは、事実かどうかはともかく可能な想像ではあります。
まあ、この「想像」も所詮マスコミから得た情報に基づいているわけですが。

で、ここから長文。

私はスクイズもひぐらしもやったこと無い人間ですし、ストーリーも外側から知っているだけですので残念ながら今回悲嘆にくれている皆さんと痛みを分かち合うことはできません。
しかし、そういう人間から敢えて言わせていただけるとすれば、それぞれの作品はそもそも基本的に全年齢向けの地上波作品として放映されるべきものではなかったのでは、という気が致しております。(ひぐらしはほとんど巻き添え被害でしょうが)
R指定付けたから問題なし、と言いはっても、地上波である限り基本的には誰でも視聴できるわけですから指定自体にあまり意味がないとも言えるでしょう。この辺、日本は諸外国と比べて子供が受動的に性や暴力描写を「見てしまう」ことについて昔から無頓着です。コンテンツそのものの是非を問うているわけではありません。無頓着であること自体が問題だということです。
そんなことはない、自分はあの年代にもっと強烈なものを見ていたけど、影響など受けなかった――という方は勿論沢山おられるでしょうし、今現在も実際ほとんどの視聴者は影響なんぞ欠片も受けることなくネタとして楽しんでいるわけです。
しかし、人は皆同じ速度で成熟するわけではありません。
今回の事件が実際にどうだったのか、とは無関係に、「影響を受けて犯罪を犯す」のは結局個人の問題であり、影響を与える側に本質的な責任はない、と私は思います。
仮にアニメに影響されて犯罪を犯す人間がいたとすれば、その人は正直どんなものにでも影響を受けうる人間だと私は思っていますので、アニメや漫画だけを取り出して批判するような論調には私は明確に反対します。
しかし、性行為、暴力描写、そして主人公やヒロインのインモラルかつ非社会的な思考方法、といったものを発信するに当たっては、作ってから発信を自粛するような無様な真似をする前に、そもそもの発信方法についてきちんと考えるべきではないか、とも思います。
ネタになって売れれば過激でもいいや、と製作者が考えているうちは所詮自業自得です。

何故かと言うと、影響を受けるのは個人の問題でも、受け易い年代というのは現実に存在すると私は考えるからです。40歳だってアニメは見るから、小学生に同じアニメを見せていい、というわけにもいかないでしょう。たとえその40歳が犯罪を犯すような愚者だったとしても同じです。先ほど述べたように、R指定でも実際は小学生も見れる、では何の意味もありません。
また、今槍玉にあがっているアニメ映像作品は文章作品やゲームと異なっていずれも基本的に受動的なコンテンツであることを考えると、それを普通に楽しめるような人間の選別(嫌な言葉ですが)には一定のハードルを設けることはやむを得ないような気も致します。

作品を作ることは表現上自由である以上、どんな描写を盛り込んだとて責められる必要はありません。しかし、全年齢向け、として作品を作るのであれば、極端な話幼児や8歳の子供がチラ見した結果、それでも斧だの鉈だのに興味を持たないような作品である必要がある。でなければ今後いくらでもこういうマスコミの誘導は起こり得る話であると思います。

最後の例はいささか極端ですが、我々が本当に子供だった頃を考えてみれば、「自分で意味がよくわかっていないものに影響を受ける」ということは良くあることだったなあ、と思い出すこともあろうかと思います。そして現在は(あるいはずっと昔から)16歳だから、あるいは20歳超えだからといって、そういう人間が存在しないとは言えない時代でもあるのです。

我々はある意味汚れることによって社会性を獲得し、性や暴力の意味を、そしてモラルの必要性を理解します。しかし、どんな子供にも汚れるのに適した時期というのがそれぞれに存在しますし、それはけして一定ではありません。
であればこそ、「受動的に」「一方的に」それを与えてしまいかねないコンテンツの発信に関しては慎重になる必要があるのではないでしょうか。
ただし、この場合の慎重さは製作者、そして結局はこれもマスコミの責でありましょうが――「空気読んで自粛」というような論理も正義もないその場限りの逃げに使われるべきものではなく、受信者を予め制限するようなコンテンツを必要な人に届けるためにどうすべきか、という部分を慎重に論議する、そのためにこそ慎重さが求められている、ということを考えるべきでしょう。
製作者もマスコミもネタとなることだけを求めているような状況下においては、今回の件はむしろ起こるべくして起きた予定調和の茶番に近いものである、と私は考えています。
(無論、実際の事件が茶番であると言っているわけではなく、それを結びつけようとする流れを指して言っています)

――などと書いてるうちにまたそれっぽい事件が起きたようですが、これこそマスコミが騒いだからこそ起きた二次災害と考えることもできるでしょう。マスコミが騒ぐことそれ自体が一つのコンテンツになり、結果「何にでも影響される人たち」は今度はマスコミに影響されたわけです。
最も、今回の人が実際どうだったかなんて、それも結局マスコミを通してしか知りえないわけですが。

柄にもないことを長々と書いてしまいました。読んでくれた方には感謝。
感想、反論等もしあればお待ちしております。
遠藤浩輝短編集(1) (アフタヌーンKC)

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