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zoom RSS 雑記「パトリシアを歌えない彼等のために」

<<   作成日時 : 2007/09/11 20:15   >>

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嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 2 (2) (電撃文庫 い 9-2) 入間人間

これ出るのすっかり忘れてたわorz
他にもいろいろありましておかげで出費が増える増えるw
まあそれはともかく。

二作目ということでどんな球を投げてくるか興味津々だったのですが、意外と手堅くまとめてきた印象。一言でいうと病院を舞台にしたミステリっぽい作品。
新キャラはどれもなかなか魅力的なんですけど、先達が作ってきたキャラの影がどうしてもちらついてしまうのは単純にシリーズとしての歴史の積み重ねが不足しているから、だけではないような気も致します。看護婦さんなんてもうね……いやおちゃめで良いキャラですが。
長瀬みたいな「〜ッス」子は私は大好きなんでいいですけどね。
読後感の苦さは西尾氏の「きみぼく」辺りよりむしろ片山氏の「電波的な彼女」や「幸福ゲーム」に近い気が致しました。事件としては比較対象よりぜんぜん小さな話であるにもかかわらず、むしろさらに陰惨で救われない印象を受けるのは何故でしょう……と考えてみたのですが。
恐らく、西尾氏や片山氏の描く物語にはまだ主人公等が帰っていけるそれなりに幸福な日常、というのが残されているのに対し、どん底のマイナスからスタートしているみーまーの二人にはその日常すら許されることはない、という無力感に起因しているような気が致します。
でも、その中で彼等なりに足掻いて求めていく「日常」の貴重さ、そして脆いがゆえに切実なみーくんの日々の思い、といったものは痛いほどに伝わってくる。そんな作品と感じました。
まーちゃんを「ヤンデレ」と呼ぶのはどうも馴染まない、という感覚と共通する「痛さ」。

あと全体を俯瞰して思ったことでは、作者の「罪」に対する考え方が意識的なのか無意識なのかは解らないけれどナマっぽい感じで出ているなーという気がします。
我々はしばしば簡単に「罪は罪だからいかなる理由があっても罪人は法で裁かれるべき」「○○○○だから罪に問われないのはおかしい」と口にしてしまいます。あるいは、もっと簡単に「○○○○では仕方ない」「子供だから罪には問えない」ともしばしば口にしてしまいます。しかし、裁かれた者、あるいは裁くことが不可能であった者、そして裁かれなかった者を前にただ怨恨を飲み込むしかなかった者もまた、その後の人生を生きていることは我々は簡単に忘れてしまうのです。
今まで、そうした部分は少なくともラノベの分野では純正な被害者の立場以外は取り上げられることはありませんでした。しかし、ご存知のとおりみーまーは最も悲惨な被害者であると同時に最も危険な加害者でもあります。作者がどこまで意識的かどうかは別にして、このシリーズはそういった部分、期せずして加害者という業を負った者もまた彼等なりに生きていく、という部分に思いを馳せるひとつのとっかかりになる作品であるのかもしれません。

んー。なんかまとまりのない長文になっちゃいましたが、まあいいか。
まあ、あんま堅苦しく考えないで、より若く過激になった西尾や片山や日の人みたいなラノベ、と考えて読んだほうが楽しいのかもしれないですけどね。私個人は、これで「楽しく」なっちゃいかんよなあ……とか思う反面、もの哀しい中にも楽しさは存在し得る、という事実が大切なのかなあ、という気もしているのですけど、でもそれが「当たり前」な日常というのはやっぱ悲しいよね。
嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん 善意の指針は悪意 2 (2)(電撃文庫 い 9-2)

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