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zoom RSS 雑記「春にして君を想う」

<<   作成日時 : 2008/04/08 23:57   >>

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夜は短し歩けよ乙女 第1集 (1) (角川コミックス・エース 162-2) 森見登美彦/琴音らんまる

原作の味を中々上手く生かしているのではないか、という印象。
男臭さを抜いて女性絵師らしい可愛さ、柔らかさを増量した、といった感じでしょうか。
どっちかというとビームとかアフタヌーン辺りの青年誌でやって欲しかった気はしますが、角川にはあのポジションの雑誌って無いような気がするので致し方ないのかな。

>色々
新作が出るまでえろげーは体験版やったり旧作を引っ張り出したり。
何か他に優先事項があったような気がしますがあんまり気にしない。
……いや、そっちもちょこちょこ進んではいるのですが。

以下、徒然なるままに戯言。

>創作パターンについて
まず1)シーン(シチュエーション)があって、2)会話があって、そこから3)物語の断片がつながっていって。
最後に4)会話に乗った感情に理由付けをする――というパターンが私は多いです。
基本設定は大体2)と3)の間ぐらいに出来上がっていきます。
二次創作では設定を作る手間が無いので、そこをすっ飛ばせるというのは楽ですね。
そういう意味では、私にとっては物語がキャラを作るのではなく、キャラが物語の構造を定義する形のほうがより自然に感じる、というという事なのかもしれません。
無論、まず設定と結論が先にあって、そこから話を作ることもありますけども。
4)が最後になっていることからもご想像がつくかと思いますが、キャラクターの心情を直接語る行為というのは、少なくとも作品の内部においてはさほど重要ではないと私は考えています。
そこは複数の回答があるべき部分だと思うので、たとえ頭の中に描いた絵があってもそれを解説するのは最小限にしておきたい。出来れば会話と状況の描写だけで全ての感情を表現したい、というのが理想です。
まあ、それがちゃんと出来れば煮詰まったりしないんですがね><

>ここからはエロゲー、ノベルゲーに関して。
エロゲーに関してはそういうのが理想とはとても言えないですよね。基本一人称ですし。
小説については、たとえ一人称であっても文章技法によって主人公が得た印象を操作、あるいは留保することは可能ですが(所謂「信頼出来ない語り手」ですね)エロゲーでそれをやって成功した例はあまり聞きません。私はやってないですけど、さしずめ「車輪」あたりはそれに当たるのでしょうか?
基本的に、エロゲーの主人公は自分の感情を赤裸々に独白せざるを得ない。
そして、同時にプレイヤーにその感情を上手くシンクロさせてやる必要がある。
故に、どうしてもその感情は言語化したときにある程度単純化、一般化されてしまう傾向があるのではないでしょうか。そこで差別化するのはなかなか難しい。
結果、どうしても癖の強い主人公というのは淘汰されて、最大多数の最大幸福を志向する発言者だけが残っていく。スクイズとか違うじゃん、という声もありそうですが、あれは形式から見ても限りなく3人称に近い――というかプレイヤーはむしろ傍観者、あるいはヒロイン側という位置づけだと思うので、まあそれはそれでありかと。と言うか、癖のある主人公を上手く描こうとすれば、プレイヤーを傍観者の位置に退かせてなお先へ引き付けるだけの「物語」が必然的に求められる、ということなのかもしれません。
ただ、「赤裸々な独白」を逆用して個性を発揮した例もありますね――私がすぐ思いつくのは木之本みけ氏の手がけた諸作品。
例えば「夏めろ」の徹ちゃんはどのルートでも「だめだ……こいつを早くなんとかしないと……」とプレイヤーに思わせることによって先への期待を煽ってくれます。
「ありえねえ」という思考の流れを生々しく描写することによって、同一化への願望ではなく変身(あるいは覚醒?)への願望を満足させる、というやり方ですね。しかし、テンプレ的主人公に飽きてしまうと、むしろみけ氏の描く主人公のほうが「あれ?これってリアルじゃね?」と思ってしまいそうになります。
ふしぎふしぎ。
いや、実際「欲望に忠実なあまり、平気でヒロインに心にもないお世辞を使う」辺りは本当にリアルだと思いますけども、「だめだ……こいつらも早くなんとかしないと……」というヒロイン陣もしまいには何故か生々しく見えるのは、たぶん徹ちゃんワールドに引き込まれてしまったからでしょう。

>まとめらしからぬまとめ
改めて考えて見ると、クロスオーヴァー的な要素は昔も今もそこかしこで見られるとは言え、やはり小説とゲームでは根本的に求められる要素が異なる、ということでしょうか。エロゲーの公式ノベライズというのがどこか微妙なことが多いのも、所謂燃えゲーと呼ばれるエロゲーに「エロゲーらしさ」を求めると大抵失望するのも、そう考えると主人公のキャラ立ちに左右される所が大きいような気が致します。でも「夏めろ」は何故か小説、ゲームどちらの分野でも成功(?)出来そうな気がするんですよね……贔屓目すぎ?
それとも「同一化」ではなくあくまで「変身」願望の充足――と言う辺りがミソなのでしょうかね。

とりあえず、今日はこんなところで。

夜は短し歩けよ乙女 第1集 (角川コミックス・エース 162-2)

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