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zoom RSS 雑記「変容する自己と他者」

<<   作成日時 : 2009/04/15 20:03   >>

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トラバ先nix in desertis:戦え、世界とそして内面と。:で議論が伸びたので、こちらでも一応続きを。

 前回の1.については向こうであらかた語られた感があるので、今回は2.に関わる部分について雑感を。
 といっても、何らかの結論を出す事を目的としてはいない。単なる呟きの延長と捉えて頂ければ幸いである。

 調教ゲーという類のエロゲーがある。
 大抵は「ただの抜きゲー」として片付けられることが多い代物ではあるが、シナリオによってはなかなか興味深いものに仕上がっていることもある。
 そしてここで着目すべきは、調教されるヒロインが変化する以上に、調教を与える立場の主人公も変化している類のシナリオが結構多いのではないか、ということ。
 これは萌えゲーに分類されるゲームでもたまに見られる。
 例えば、僕が好きなエロゲーの一つに「夏めろ」があるが、この作品は通常の萌えゲー的な構造を持ちつつも、キャラクターとテキストの魔力によって凡百の萌えエロゲーと一線を画すに至った例のひとつと言えるだろう。

>以下少々「夏めろ」のネタバレ。
 
 橘花、美夏、秋のルートにおいて主人公・徹生(以下徹ちゃん)は意図せずして調教師の役を担っている。
 徹ちゃんがヒロインに加えるS的な発言及びセクハラの数々は枚挙に暇がないが、彼の行動とヒロインの斜め上を突っ走る思考パターンが気だるい夏の風景を一瞬にして亜空間に変貌させる――その様はプレイヤーに欲望の底無し沼に嵌っていく感覚を与えずにはおかない。
 しかし、これが一転して委員長ルートでは徹ちゃんは文字通り調教される側である。委員長との関係は共依存的な要素も強いが、基本的には主人公が折れ、委員長をその破綻した部分も含めて受け入れることでハッピーエンド(?)を迎える。
 そして、ある意味ラスボスともいえるつぐみとの関係においてはもう完全な共犯である。ともに変化を受け入れることでたどり着いたお先真っ暗な筈のラスト――なのにあれほど清々しいのはプレイヤーも同時に調教されているから……というのはさておき、前回2であげた救済と被救済の関係を変化、あるいは調教という言葉と置換することでこのゲームの構造とそこに生じる魅力(あるいはプレイヤーにもたらす効果)をより明確に表現し得るのではないか――そんな気がしている。
 夏めろが調教ゲーなのか萌えゲーなのかトラウマ解消ゲーなのかはとりあえず措くとして、こうした相互が変化・影響しあう構造を強く備えたエロゲーに僕が惹かれがちなのは確かなようだ。

 かにしのでもキャラクターとしては分校組の方が若干好きな度合いでは勝るのだが、シナリオで一番感銘を受けたのはその相補的な構造が最も端的に現れている梓乃ルートだったりするわけで。勿論美綺ルートや邑那ルートの締めも好きですがね。
 まあ、そういった構造的な意味でも、調教ゲーという意味でも今年出る「仏蘭西少女」には大いなる期待を寄せているのだが――体験版をやった限りでは裏切られる事は無さそうな出来で一安心。ゆっくり発売を待ちたい。
『仏蘭西少女』少女

 とりあえず、今日はこんなところで。






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