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zoom RSS えろげー雑記(56)「きみとじてんしゃ ふたりのり」

<<   作成日時 : 2009/06/01 23:49   >>

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コンプしたのでネタバレ込みの感想など。

 巡回してみたところ、中身に詳細に触れたレビューは意外と少ない。
一言 | 「R.U.R.U.R」レビュー&感想 〜「かくかたりき」and「YUKO-WEB」〜:
屋根裏日誌みたいの? 『R.U.R.U.R ル・ル・ル・ル このこのために、せめてきれいな星空を 』感想-新版-:
フルアコ:
 この辺のレビューは内容も濃く、腑に落ちるところも多かった。
 あと、えろすけで読んだ中ではkamimagi氏の感想が面白かったのでこちらも載せておく。
kamimagiさんのR.U.R.U.R 〜ル・ル・ル・ル〜 このこのために、せめてきれいな星空をの感想:

 元ネタについてはwikiを見るのが一番良いだろう。
erog @ ウィキ - R.U.R.U.R:
 必ずしも全部知っている必要はないが、「星の王子さま」「マザーグース」程度は先に読んでいれば話に入り込みやすい、かもしれない。
 あと、個人的に好きな記事がこれ。
『R.U.R.U.R』 ボストークのころからしろ姉は変態だったということ - 独り言以外の何か:
 コンプした後見ると改めてワロス。魔王しろ姉は嵌りすぎだよなーと。
 つーか、当時これ読んでなかったら興味を惹かれなかったかも。

 以下、ゲームの流れに従って各ヒロインに少し触れる。

「繰り返される日常」
>コバトムギ、タンポポ
 一周目は選択肢のない一本道ルートだが、後で見返すとバッドエンドと同質のものであることがわかる。
 で、二周目以降は秘密を知ったイチヒコの記憶が継続するか消失するか、あるいは「どうでもよくなる」かによって展開が変化するのだが、記憶が消失、あるいは「どうでもよくなった」場合はタンポポもしくはコバトムギルートに進むこととなる。
 この2ルートは、ヒロインとイチヒコの関係を中心に見るならバッドエンド、という見方も出来るだろう。
 しかし、世界観を補完すると同時に寓話として機能することがこの2ルートの役目だと考えるなら、「おとぎ話」としては良く出来ていると言える。
 ここでのヒロインとイチヒコはSF的なテーマ・ガジェットを有効に表現するための道具である、とも言えるかもしれない。あるいは教科書におけるジャック&ベティ。
 タンポポの「罪」についてはベニバナルートや他のルートからある程度推測は可能だが、ゲーム内では明確にされてはいない。
 コバトムギは本当に「横道にそれた」というのがぴったりな印象のお話。面白かったけど。
  
「ひとりではないことの幸福」
 ミズバショウ→シロツメクサ→ヒナギクの順番でやると展開的に飲み込みやすい気はする。
>ミズバショウ
 以下三人については、ルート途中で優柔不断な選択肢を選ぶとバッドエンド……だったと思う。 
 ここからはイチヒコが「責任」を行使することによってループ/モラトリアムからの脱却をはかるルート、であると見て取れる。で、○○に対する責任より家族に対する責任を選んだのがみず姉ルートだと。
 しかし、みず姉やしろ姉については選んでも問題先送りであることには変わりなく、そういう意味では「繰り返される日常」の延長にあると言えるかもしれない。イチヒコに成長がみられるのが救いではある。
 個人的にはバッドエンドを見た後だと、これら三人のルートにたどり着くまでみず姉は何回イチヒコの記憶を消したのだろう……とか怖い考えになってしまったりしなくもない。
 
>シロツメクサ
 最も人間に近く、最も「子供」に近い彼女はある意味でもう一人のイチヒコである。
 彼女が人間に近づき、イチヒコが彼女に近づくこのルートでは、ミズバショウルートにおけるイチヒコの「世界に対する責任」は矮小化し、責任はシロツメクサに委ねられる。それ故にシロツメクサ個人に対するイチヒコの「責任」がクローズアップされる、という構造。
 さておき、「ま○こみたいに穴あいて死ね」は語り継ぎたい名言。
 しろ姉かわいいよしろ姉。でもこわいよ。
 あとさんしょううおかわいいです。
 尻尾を非常食にしたい。

>ヒナギク
 テーマ的にはシロツメクサに近いが、こちらは「世界に対する責任」もしっかり回収している。
 エンドの綺麗さとED曲のシンクロ具合から言っても、このゲームの中心となるルートと言って差し支えないだろう。
 とは言えみず姉、しろ姉とはほぼ等価な扱いではあるし、どのヒロインも多かれ少なかれ「きがちがうくらい きみがすき」ではあるのだけど。
 
>ベニバナ 
 ヒナギクルートのいわば裏。ヒナギク終了後でないと選択できない。
 同じように「人間らしいレム」を持つからこそ正反対の結論に至ったという意味でも表裏一体だろう。
 ただし、ルートにおけるテーマを語ることに傾注したせいかイチヒコがほぼ空気。

>「夜間飛行」
 最後に読むことになるこの「おとぎ話」の判断は少々難しい。
 バッドエンドあるいはベニバナ以外であれば、どのルートから繋がっていても不思議ではない。(ベニバナにおいてもヒナギク同様、三等船室の連中だけを降ろして再び飛び立った、という解釈は不可能ではないけれど)
 最後でテーマを総括した、というよりはおとぎ話を終わらせるために必要だったおまけ、という印象も。
 こういうちょっと意地悪ともとれるオチをつけたくなるというのはプロパーなSF小説的、ではあるかな。 
 「語り手」が誰か、というのを追求してみるのも面白いかもしれないが、これが「おとぎ話」である以上、それはむしろ無粋かもしれない――とも、個人的には思う。

>総括 
 ヒロインであるチャペック達は「マンカインド」について限定された知識しか持っておらず、そのため彼女らが捉える「にんげん」というものはプレイヤーから見ると微妙に歪んでいたりとんちんかんだったりする。
 ミズバショウやシロツメクサの愛情ややりくちに気持ち悪さを感じたとすれば、むしろそのプレイヤーは正常であるとも言えるだろう。
 個人的にはその「ずれ」の処理の仕方にもまたSFマインド(?)を感じて楽しめたけれど。

 イチヒコについて付け加えるなら、彼もまたあくまでも「イチヒコ」であって僕らが通常考えるところの「人間」とは違う視点を持っている。
 故にこちらもプレイヤーから見るかなり歪んでいたりとんちんかんだったりするので、主人公に感情移入して楽しみたい、というプレイヤーにとっては入り込みづらい世界ではあるかもしれない。
 しかし、語り手が再三言うようにこれは「むかしむかしの、おとぎ話」なのである。
 俯瞰的に話を、世界そのものを楽しむくらいの気楽さでよいのだと思う。
  
 なお、この作品がSFかどうか、という話は「あなたがSFだと思うものがSFです。但し(ry」の世界になるので余り触れたくない。
 ただしSFマインド満載の作品である、という点には間違いがないところだとは思うし、僕自身はそれを楽しんだ。
 えろすけで多かった「雰囲気ゲー」という評価は、マザーグースの使い方などは勿論のこと、このマインドの部分を指している部分も大きいのではないかな、とか。

>その他
 ユーザー登録して公式ASもプレイしよう。伊藤ヒロ氏の書いた二作はどちらも佳品。
 また、OP・ED及びBGMはいずれも文句なし。樋口氏の音楽は個人的にはハズレが無い。
 特にED曲「誓いの言葉」はゲーム全体を貫くテーマともシンクロした名曲。聴くたびにじわじわ来る。
 この曲のためにだけでもやる価値がある――とは言わないが、個人的にはそれくらい好き。
 
 また、本作はPS2版の発売も予定されている。
 えちぃが不可欠とまでは言わないまでも、チャペックの価値観やヒロインの思考のずれを表現するために非常に有効に使われていたこの作品、数多いえちぃイベントを全年齢版でどう置き換えていくのかは興味深いところ。
 
 とりあえず、こんなところで。

画像

http://www.asahi-net.or.jp/~KZ3T-SZK/kub_daz.htmより。

"Daisy Bell" or "A Bicycle Built for Two"

  Daisy, Daisy
  
  Give me your answer do

  I'm half crazy all for the love of you
  
  It won't be a stylish marriage
  
  I can't afford a carriage

  But you'll look sweet upon the seat
  
  Of a bicycle built for two
  

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