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zoom RSS 創作「いつでも君は、僕より優しい。(11)」

<<   作成日時 : 2011/04/29 22:12   >>

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Chapter]T

3.Fortuna

 褐色の肌をした少年だった。
 くたびれたジーンズにTシャツ。
 それに一枚上着を羽織っただけの軽装。
 手にも武器らしきものは一切無い。
 外見だけならどこにでもいる不良少年にすぎなかった。
 その眼と口調を除けば。
「さて――始めまして、かな、アマネ・クダン」
「……『左手の剣』だっけか」
「おや、すでに調査済みかい、なるほど特計は優秀だね」
 情報元は無為だけどな。
「で、こちらがAI6――イツキか。なるほど、皆が求めるだけのポテンシャルはあるようだ」
「周、樹はほめられたですか?」
「みたい」
「ああ、そうとも――だが、アマネ。イツキに寄り添う、君はどうかな」
「……どういう意味かな」
「君に、イツキの側に立つ価値があると信じているのかな?――君にとってイツキが必要なほどに、イツキは君を必要としているのかな」
 少年は、そう言った。
 彼を見て安心したのか、教授は歓喜しつつ叫ぶ。
「おお――エフド、よく来られた……かくなる上はさあ、貴方の力で彼らを」
「黙れ、ヨアキム・モールダー」
 しかし、ぴしゃりと少年は教授の口を封じた。
「君はSSUのエスメラルダ・ピアレーと接触しているね、教授」
「な――」
「しかも、それをコンスタンに報告していない」
「そ……それは、証拠がはっきりしてからする予定だったのだ!」
 教授は動揺していた。
 寝耳に水――というわけでもなさそうだ。しかし、SSUがこの男と?
「証拠ね。捏造、と正直に言うべきじゃないかな」
 ――聖女ミケランジェラことミュサ・アナマリアは周と密かに通じた。
 そして彼と樹のために便宜を図り、わざと敗北するつもりでこの場を選んだ、と――そう教授は報告するつもりだった――らしい。
「君は今日の戦いにおいてリゼル・バルシュカとアマネを同時に排除し、その上でミュサとイツキを私的な実験に用いようとした。どうせ、コンスタンもついでに始末する予定だったんだろ?」
「そ……それは誤解だ! 私はただ彼らを」
「反駁も告解も無用だ。君はインヴィクトゥスに値しない――無論、真珠の名にも」
 ――真珠は、二枚貝の中で生まれる。
「君は、良き貝を見つけられなかったようだね――アルベルトゥス。百知者の名が泣くよ」
「ユダの末裔如きが、このヨアキムに何を!」
「――それが君の本音かい?」
「五月蠅い……ならば貴様の脳も支配してやるだけのこと――」
 教授が、ワーズワームを放った――の、だろうか。
 僕には、それを確認することは出来なかった。
 なぜなら。
「――もう、いいよ」
 瞬きするほどの間に、教授が消えたから。
 少年が左手を軽く振った、その一瞬後。
 見えざる円筒が、空気のゆらめきの中に生まれていた。
 その中で。
 教授を構成していた物質はすべて――塵に変わって、消えた。
 ――左手の、剣。
「灰は灰に、塵は塵に。――ゴミはゴミに還る。そうあるべきだ。そうじゃないか?」
 そうつぶやいて、少年は僕たちに向き直る
「まずは謝罪をさせてもらおう――アマネ・クダン」
「何に、ついて」
「彼のような男を君とイツキの前に立たせたような不手際についてさ」
「僕の返事が必要だとも思えないね――左手の剣」
「ただエフドと読んでもらえればいいよ」
 ――エフド。
 その名の所以は旧約聖書士師記に拠る。
 ギデオン、デボラ、サムソン――といった著名な人物ほどではないものの、大きく扱われている一人だ。
「エフド――六大士師のひとり、だね」
「便宜上、そう呼ばれてはいるけどね――しかしコンスタン、困ったもんだね」
 いつのまにか、三人の真珠がこの場に新たに現われていた。
 シスター・リゼルとミュサ・アナマリア。
 そして、写真でのみ確認していたもう一人の男――ブラザー・コンスタン・ヴィルカ。
「教授の手綱を緩めすぎたんじゃないのかい」
「――申し訳ありません」
「ちょっと、あなた今頃来ておいて何を――」
「それは君にも言えるんだけどね、ミケランジェラ」
「……なんですって?」
「教授はこの状況を私物化しようとした。コンスタンとぼくは彼の暴走については予測していたけれど、君が浮ついた行動を取ったおかげで彼に余計な口実を与えた」
「――どういう意味ですか、士師エフド。わたくしがアマネに会いに行ったことを責めておられるのですか」
「エフド、それは私が許可したことです。責を負うべきはミュサではなくこの私では」
「結果だけが問題だ、カタスタシア――無論、君も責任は免れない」
 そして教授はその結果に乗った。
 軽率かつ身勝手ではあったが、彼はその罪科を既にを自らの命で贖った。
「彼が暴発したのが、わたくしやシスター・リゼルの罪だとおっしゃるのですか」
「罪? いいや、ぼくはただ起きたことを嘆いているだけさ。それが必然だったとしてもね」
 聖トマスの真珠の構成員は全てインヴィクトゥスである。
 そして、真珠に瑕疵は許されない。
 ゆえに所属するインヴィクトゥスはその名の如く、不敗でなければならない。腐敗は許されない。
 さりとて、人の集まりである以上腐敗と無縁では居られず。
 故に浄化は必要だ――常に。神がイスラエルをしばしば罰し、彼らに罪を思い出させたように。
「教授は試験に落第し、裁かれた。落第してはならなかったのに、期待に背いた。そういうことさ」
「なるほど――最初から使い捨てるつもりだったわけだ」
「聖務から逸脱したのは彼だ」
「で、君はそれを裁く資格があると?」
「ぼくは裁きの司だからね――特計がディクタットに則るように、ぼくは真珠の規範に則って彼を裁く」
「そしてミケランジェラ――君は不用意であり不十分だったと、重ねて指摘しておこう。全てが終わった後、君は改めて告解を迫られることになるだろうね」
「わたくしは――!」
「不十分だった、と言っているよ、ミケランジェラ」
「――!」
「そもそもアマネに情けなどかけるべきではなかった」
 恩寵を用い絵を描くなら、中途半端な真似をせず、あの場で最後まで追いつめておくべきだった、と。
 ぼくなら君をそう裁くだろう、と彼は言った。
 ――ふうん。
 なるほど。
 この少年は――
 確かに、僕だ。
「で、話は戻るけど、やっぱり、イツキを渡してはくれないんだよね」
 褐色の肌の少年は無邪気に笑う。
「まあ、それはもう仕方ないかな――そもそも、ぼくは、イツキを連れにきたわけじゃないしね」
「……どういう意味?」
「ぼくは士師であり、裁きの司を任じるものだ。それは真珠にあっても変わらない」
 故に一般的なエイレナイオスや真珠より、より強く原則に従う――と。
「――?」
「主は偶像崇拝を禁じた。永い歴史の中でうやむやにはなっているが、言葉はずっと変わらない」
 ――つまり。
「そこにいるそれは。つまるとこただの偶像にすぎないってことさ」
「……それはまた」
 盛大にちゃぶ台をひっくり返してきたものだ。
「それは、君のための水鏡にすぎないわけで――原則主義者としては、それを認めてしまうのはどうかと思うんだよ」
 あまつさえ、新たな聖霊として受け入れて。
「士師の名を持つ者が、偶像崇拝を認めるわけには、いかないよね」
「待ってください、エフド。あなたは、エイレナイオスの総意に逆らうというのですか」
「そうです! これまでエイレナイオスは世界中で7体ものAIを認定し、うち二体はすでに教会に受け入れているのにその実績をも無視するのですか」
 シスター・リゼルとミュサが同時に異を唱えた――が、エフドは動じない。 
「エイレナイオスの総意でも、ましてや教会の総意でもない――それは、君たちも知っているはずだ」
 二人の叫びを、少年はただ一言で封じる。
「士師は神以外の何者にも仕えない――たとえ真珠の中にあっても、それは変わることはない」
 そして、それは神でもなければ、聖霊でもない。
 ミュサがつい先日、僕を挑発したように。
 それは、人のかたちをした海月にすぎない、と。
 故に――海月は海月の死骸に、つまるところ水は水に還す――それだけのこと。
 そう少年は言った。
「なるほどね――なら、僕が君の骨を砕いて海月みたいにしても文句は言わないよね、エフド」
「出来るならね、特計の処務係さん」
「出来るよ――教会のゴミ掃除屋さん」
 そう、彼も僕も同じだ。
 その手は最初からゴミにまみれている。
 聖者でもなく。誠実な信仰者ですらなく。
 ただの公務員ですらない。
 僕たちはひとでなしだ。
 だから、二人ともすでに理解している。
 どちらかが。あるいはどちらも死なないと――終われない。
 だから、予めはっきりさせておこう。
 宣言しておこう。
「質問に答えるよ――樹は渡さない」
 そう。樹の居る此処は――僕の聖域。
 僕の狩場で、僕の牢獄だ。
 だから、他の誰も、立ち入ることは許されない。
 ――許さない。
「ふむ――君の立場なら当然だね。ぼくとしても、そう出てくれたほうが簡単でいい」
 ぼくはどのみち殺すだけの士師だからね、とどこか自嘲気味に笑う。
「個人のエゴは常に神の正義とは相容れないものだし」
 聖トマスの真珠がそうであるように。
 士師がそうであるように。
 そして、僕もまたそうであるように。
 僕たちは、いずれ手の届く範囲のものしか信じられないのだ。 
「この国の法に従い――特計として僕は君にディクタットを行使する」
 だから、僕は彼に宣告する。
「統計を乱すものは排斥し、弾圧し、殲滅する――結果として君を死に至らしめようと、僕はそれを実行する」
「いいとも。ぼくも独裁を以てイツキと君を抹消しよう――神の名において」
 水から酸素を引き出そう。二つのOを。
 それが特計の、処務課の――僕の仕事だ。
「解鍵(オープン・オンスロート)――樹、全力だ」
「りょーかいなのです」
 樹がスクレップを改めて構えると――剣が纏っていた黒い霧が一層濃くなる。
「鉄には更なる鉄を、血には更なる血を。灰には更なる灰を、そして剣には更なる剣を――だ、アマネ」
 当然、エフドにもスイッチは入っていた。
 さっきまで人なつこそうにくるくる動いていた眼は、すでに殺戮者の昏い光を宿している。
 体を半身にすると、彼は左手をゆっくり体の死角へと隠した。
 それが彼の――「左手の剣」を使うための予備動作なのだろう――と、その時ミュサが叫んだ。
「待ってください! もう少しだけ時間を! わたくしが、彼を――」
 その瞬間、エフドはその声の方向ではなく、コンスタンを見て――
 二人が小さく頷いたのを、僕は見た。
 そして。

“Follow me.The Lord has given you victory over your enemies,the Moabites.”
 (我に従え――主はモアブの民を汝らの手に渡す)

 むしろ静かといっていい少年の言葉は、ミュサの声にも躊躇せず紡がれ――左手は、振られる。
 ――死線の上に足を踏み出した少女は、僕とエフドの間に立っていた。
「――え?」
「遅いよ、聖女」
 少年のそれは、音を発しない、前触れもない能力。
 兆しも匂いもなく、それ故にミュサの能力では、だいたいの方向はつかめても距離感も、いつ放たれたかもわからない。
 しかし、躊躇せずエフドは放った。
 見えざる空間を貫く「それ」が見えたのは――シスター・リゼルと樹の目を通した僕だけだったろう。
 そして呆然と立ちすくむ彼女を――
 リゼル・バルシュカが。
「……駄目!」
 押しのけた。
 エフドは、そのまま空間そのものを薙ぎ払うように、左手を振り抜く。
 そして、その場の空間は――彼女ごと、切り取られ、消えた。
「……シスター?」
 突き飛ばされ、へたりこんだミュサが伸ばした手が、空しく宙を掴む。
 円筒状に、水平に切り抜かれた空間。
 シスター・リゼルもまた、空間とともに消失した。
「あ、あ……」
 呆然とするミュサを、今度はコンスタンがすくい上げ、そのまま後ろに下がる。
 僕は、それをただ見ていた。
「……味方でも、お構いなし?」
 一言だけ、聞く。確認のために。
「ああ、君たちが動いた方向が悪かったね。仕方ない」
 仕方ない――そうエフドは重ねて呟く。
 心底、面倒くさそうに。
「邪魔だね……本当に邪魔だ。聖務に感情はいらない」
 もう一度言っておく、と、彼。
「ぼくは――主以外の全てを欺く者だ」
 主のためには誰の信頼も命も問題ではない、と。
「コンスタン。ミュサを連れて引っ込んでなよ――君も、巻き込まれて死にたくなければね」
 特定の範囲をくり貫き、塵と化すその左手。
 なるほど、「左手の剣」とはこの力のことか――大士師エフドの名に相応しいインヴィクトゥス、ではある。
「アマネ――君は彼らをいざとなれば盾にするつもりかもしれないけれど、僕は『気にしない』からね」
「そうみたいだね」
「今、君の知人が死んだ」
「――そうみたいだね」
「君はどうする?イツキを使って、僕を殺す?」
「そういう君はどうするよ」
「この剣で、イツキと君を殺すよ――君たちは、主にとって悪しきものだ」
「君にとって、だろう?」
「この日この場所においては同じことだよ」
「なるほどね」
「周。樹は、わるもの?」
 樹が、首をかしげる。
「いいや」
 悪いのは、僕と――彼だ。
「そうだね――アマネ」
 互いに笑う。
 いい笑顔だ、と思ってしまう。
 そう、僕たちは、合わせ鏡だ。
 この笑いをもって、戦の開始としよう
「……僕がやることはいつだって一つさ、エフド」
 繰り返すのは、処務を執行する際のお決まりのフレーズ。
「命題に相対し――特計はきみを排除する」
「――やってみな」
 互いに能力を解放する。
「僕は何も持たない。僕は主の道具であり、主の揮う剣だ」
 樹とぼくは別方向に飛んで、彼の能力を避ける。
「君はなんだ、アマネ!」
 まず樹を彼の右手側に――それだけで、彼の動きは幾分制限できる。
 そうなれば、まず彼は樹に命令を与える僕を殺そうとするだろう。
 さきほど彼はああ言ったものの、エフドにとって殺害の優先順位は依然として樹より僕が上にくるのは間違いないのだから。
 エフドの意志はどうあれ、できるなら樹は確保したい――それはここに居る真珠としては変わらない総意のはずだ。彼も、それを全て切り捨てることはしないはず。
 ほんとうに樹を始末することが最優先なら、あらかじめ殺すと宣言することもしないだろう――と。
 その意味で、エフドは律儀ではあるのだ。
(まったく、僕に比べればよっぽど真っ直ぐだ――けれど)
 厄介な敵であることに変わりはなく。
 動きながら彼の能力の使い勝手について考える。
 広域に使用する場合は、下方に対してしか使えないと思われる。
 水平に発動させると恐らく範囲を指定しづらいのだろう。
 だから、他人との連携とも縁がない。先程のように、味方にも見えない攻撃は援護には両刃の剣だから。
 それだけが救いといえば救い。
 僕は樹の目を通して、空間の歪みを知る。
 聴力と同様、僕の視覚に重ね合わせで樹が見ている情報が注ぎ込まれる。
 それでも、「剣」の起動からはコンマ数秒遅れる。
 樹が立っている位置と僕の位置との距離関係を修正するためのラグだ。
 ――とりあえず、ぎりぎりで二人ともかわすことを続けるしかない。
 リゼル・バルシュカを消した「左手の剣」は――直径にしておよそ2メートルほど。くりぬかれた距離はさしわたし10メートル――といったところだろうか。
 腕を振らないと放てない以上、連続して放つには限界があるだろう。
 ゆえに、攻撃が直線的である限りはかわせないものではない――はずだ。
 しかし、美術館を破壊したときのように、円筒の径がより巨大になったとしたらどうか?
 うかつに近づけば、空間ごと切り取られる。
 放たれる剣はかわせるが――密着したところで切り取られれば、樹とて逃げられない。
 僕にしてもそれは同じ。このままでは、近づけない。
 二人が直線になったところに、大口径の剣を放たれればそれでもう消滅の危機だ。
 そうすると、一時的にでも彼の気をそらす何かが欲しいところではあるの、だけど。
「援護は――まだかな、神無子さん」

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