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zoom RSS えろげー雑記「木之本みけ試論『空がこんなに綺麗だったこと〜架空のノスタルジア〜』」

<<   作成日時 : 2015/09/26 21:05   >>

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再録。

 サークルtheoriaから発行されていた「恋愛ゲーム総合論集」の完売に伴い、紅茶が執筆した記事について、この度Web公開することと致しました。詳細についてはRyuArai氏の日記もご参照頂ければ幸いです。

RyuAraiの日記 - lovegame30x30グループ http://lovegame30x30.g.hatena.ne.jp/RyuArai/

 思い返すと寄稿した記事の中では一番難産だった気がします。
 文中の「郊外」の使い方については、一般的な郊外とはやや違う意味で使っていますね……
 単に大都市圏の外縁部というにとどまらず、「都会でも田舎でもない中間的な規模の」地方都市も含む意味合いで用いています。当時は適切な表現が思いつかなかったのです……
 ともあれ、この記事が誰かが木之本みけ作品を改めてプレイするきっかけにでもなればそれはとても嬉しいなって。

木之本みけ試論「空がこんなに綺麗だったこと〜架空のノスタルジア〜」

1.はじめに

 木之本みけという人の作品を語る場合、シナリオライターとしての側面もさることながら、ディレクターあるいはゲームデザイナーとしての視点が欠かせない、と感じている。
 その上で考えてみると、代表たる氏のコントロールの元制作されたと思われるアカシアソフトの『シスターコントラスト!』『夏めろ』は言うに及ばず、それに先立つういんどみる『魔法とHのカンケイ。』におけるグランドデザインも見逃すわけにはいかない。勿論、サブとして参加した作品は他にもいくつかあるし、携帯ゲーの『おとなりはみんなおさななじみ』ではメインライターを担当していたりもするので、この三作品をもってライター/ディレクターとしての木之本みけを語ってしまおう、というのは氏を限定されたフィールドに押し込める行為であるかもしれない。しかしそれでも、氏が表立った活動を停止している今、この文章にもそれなりに意味はあるものと考える。


2.テキストへの拘り
 
 さて、上記三作品に共通してあげられるのが選択肢の演出やそれに続くテキストへのやや特殊な拘りだ。『シスコン』に顕著だが、そもそも選択肢の量が多いことに加え、どれもこれも誘導される結果が変態めいていた(試みに「シスターコントラスト 尿ジョッキ スタンガン」で検索してみるとよい)。それは単に興奮を煽るにとどまらない破壊力を誇る――否、むしろプレイヤーを全力で笑わせようとしているのではないかとすら思えるほどだ。
 本筋と関係の薄い遊びとしてのテキスト(それも、主としてエロ方面における)の偏執的な充実――それこそがこの三作の特徴であるとも言えよう。それが行着くところまで行ったのが『夏めろ』における仮性包茎か否かの選択によって変わるエロシーンのテキストであるわけだが、以前からみけ氏は『シスコン』のオーバードライブシステムや『魔法〜』のヒロイン視点でのシーン再生機能で、本筋から見れば明らかに余剰な機能に過大なまでの労力を割いてテキストを当てていた。
 では、その結果として木之本みけの作品には一般的なエロゲーと比較して果していかなる特異が生じたのか?
 次項から、主として『夏めろ』を例にとりつつその点を検討してみることとしよう。


3.まだ人間じゃない
 
 『夏めろ』の主人公・深町徹生はやや奥手ながらもリビドーの極めて旺盛な少年であり、一度関係を持ったあとではヒロインにかなりストレートに欲望をぶつけてくる。ただし、彼は一方でモテ男としての狡さも同時に兼ね備えており、それはヒロインとの言語ゲーム的なやりとりに表出する。振られたとはいえ過去に先輩女子と付き合った経験があり、全員処女であるヒロインより性知識では一部優位に立っているという設定がそれを後押ししているのだが――時にはプレイヤーにすらケダモノに見えるほど酷い。
 一方で、ヒロイン勢は主人公、深町徹生とのセックスによってケダモノになることにある程度自覚的であり、その意味でヒロイン勢のほうが精神的には成熟している存在として描かれている、と言えるだろう。事が終わると割とあっさり素に返るタイプが多い(ように見える)のもそうした印象を後押しする。
 この辺りは『シスターコントラスト』におけるカラスや『魔法〜』の各ヒロインも同様だが、しかしそうでありつつもどのヒロインもいざセックスとなると共依存的な関係にあっさり溺れてしまったり、SM的思考回路に流されてしまう――これはエロゲー的なお約束、といえばそうなのだが、こと木之本みけのテキストにおいてはそれが明確に若さゆえの考え無さとして表現されているあたりが面白い。彼ら、彼女らの逸脱はあくまで刹那的な感情の産物なのだ。
 故につぐみや秋に顕著なように後先考えず一線を踏み越え、後で背徳感に浸ったりもするし、『シスコン』のように流された末兄にレイプされるような初体験に至ったりもする。そして、その後にはそれぞれ程度の差こそあれセックスに耽溺していく日常が待っている。その耽溺の中で主人公とヒロインのパワーバランスが細かく変化していく様もまた興味深い。
 例えば、小悪魔だけど脆いつぐみあるいはすずめそして小猫さま。
 ほとんど二重人格の蘭様、亜弥乃。虐められたい秋あるいはかもめ、かりん。
 肉便所希望といいつつ一番まともな美夏。素直じゃない橘花あるいはカラス。
 言語ゲームによる支配被支配と自虐の反復。あるいは愛しさと強引さと後ろめたさのスイッチが頻繁に切り替わる刹那的な快楽の連続。それはフェティシズムとソフトSMの園――なのだが、単純に楽園と呼ぶにはいささか湿り気がありすぎるかもしれない(あるいは汗臭く生臭くおねしょ臭い、かもしれない)。
 SM的要素に関しては『夏めろ』がわかりやすいので例にとると、橘花、美夏、秋のルートにおいて主人公・徹生(以下徹ちゃん)は意図せずして調教師の役を担っている。徹ちゃんがヒロインに加えるソフトS的な発言及びセクハラの数々は枚挙に暇がないが、彼の行動とヒロインの斜め上を突っ走る思考パターンが気だるい夏の風景を一瞬にして亜空間に変貌させる――その様はプレイヤーに欲望の底無し沼に嵌っていく感覚を与えずにはおかない。しかし、これが一転して委員長ルートでは徹ちゃんは調教される側となる。委員長との関係は共依存的な要素も強いが、基本的には主人公が折れ、委員長をその破綻した部分も含めて受け入れることで夏の終わりを迎える。そして、ある意味ラスボスともいえるつぐみとの関係においてはもう完全な共犯である。ともに変化を受け入れることでたどり着いたラストはお先真っ暗な筈――なのだが、にもかかわらず何故か終わりは清々しく爽やかですらある。
 蘭やつぐみのルートにおいてすらトラウマの発展的解消といったお話として真っ当な方向には進まず、むしろお互いに依存していることを認める、その段階でうやむやに夏休みを終えてしまう――この辺りはやはり所謂一般的なシナリオゲーの文脈とはかけ離れており、故に『夏めろ』は(『シスコン』や『魔法〜』と同様に)「萌えエロゲー」とか「萌え抜きゲー」と呼ばれることが多いようだ。 しかしそれは単純にシナリオが薄いとか無いということを意味しない。
 では、木之本みけはこうしたシナリオ構造によって何を達成しようとしたのか?
 次項では、みけ氏が求めた風景について考えてみたい。 


4.存在しない場所へのノスタルジア

 『夏めろ』にはテキストにも背景美術にも地域全体が「郊外」であるようなところで育った人間にとっての郷愁を誘う空気が充溢している。それは必ずしもプレイヤーが現実に体験した「あの時」ではないのだが、しかしたとえ存在しなかった記憶だとしても、人は見て育ったドラマや漫画や過去リアルタイムで読んだときの小説などによって補完し再構成することが出来る。人は見たいものを見るし、そのためならしばしば記憶すらも捏造するのだ。
 こうした機能は日常を舞台とした物語ならば大抵は備えているものだが、『夏めろ』に関して言えばこの「プレイヤーの擬似的な過去を遡及的に形成する」機能は非常に優秀であり、なおかつそれは少年の性衝動の機微において顕著な鋭さを見せる――そう言って良いと思う。
 振り返れば『シスコン』の四姉妹は過去改変によって存在しない家庭を捏造した結果生まれたものであり、それが明らかになるルート以外でもあの家庭にはただ甘いだけではない独特の雰囲気があったように思う。シナリオに組み込まれているかどうかの違いこそあれ、『夏めろ』以前から木之本みけにはこうした指向があったのではないか――そう考えることも可能だろう。
 そして、ただでさえ郷愁をもたらすこの風景からワンシーンだけを切り取って濃縮したかのようなシナリオ構造は、プレイヤーのノスタルジアをより一層喚起する効果を持つ。
 例えば『夏めろ』では主人公とヒロインが繋がってカップルになった、そこですっぱり話を終えてしまう。その後に待ち受けるであろう葛藤とか喧嘩とか別れとか妊娠とか流血とか、そういう二転三転するドラマは最初から描こうと思っていないかのように。
 長大な物語も深刻なドラマもここには無い。あくまでひと夏の恋愛の風景を切り取った、それだけのお話として『夏めろ』は存在する。それはどこか青臭く生臭く、一見爽やかなシチュエーションであっても必ずしも綺麗ではない、そういう不格好さがある。
 しかし、だからこそより一層「あの時」の青春っぽくはないだろうか?
 重苦しすぎはしないがかといって軽くもない、生(ナマ)の欲望とイコールでひとを好きになることが不自然でない年頃のお話――その生々しさを受け止めたプレイヤーはプレイと並行して「存在しない過去」を捏造していくことができる。
 物語にあえて余韻を大幅に残すことで生々しさに強度を持たせ、背後の風景をプレイヤーに郷愁とともに想像させる――それこそが木之本みけの求めたグランドデザインだったのではないか。それは『魔法〜』『シスコン』では不完全だったかもしれないが、『夏めろ』において見事に達成されたように思う。


5.少女というものの不透明さ

 前項で述べたように、『魔法〜』や『シスコン』においてヒロインの「背景」をエロシーンにおけるモノローグやオーバードライブシステムで語ることを選択した木之本みけは、『夏めろ』においてあえてヒロインの内面を語らせずプレイヤーに生成させる手法を選んだ。その結果『夏めろ』においてヒロインは――少女は再び不透明なものとなった。
 ここでは、不透明なるもの――知り得ないものをそれでもなお全て知り支配したいという欲望についてもう少し考えてみたい。
 ノスタルジアとも密接に関わるこの支配欲は三作品の主人公に共通する原動力だが、『夏めろ』においてはプレイヤーも彼女らの全ては知り得ない状態におかれている。
 先に述べたように、過去作においては欲望に突き動かされるヒロインの心情は本編と別枠ではあるものの開陳され、それによってある程度彼女らの透明性は確保されていた。しかし『夏めろ』にはそれもない。余剰なテキスト力はヒロイン視点を描くことではなく、徹生は仮性包茎か否か、という一見どうでもいいような違いに対応する指分に費やされている。
 しかし、木之本みけにとってはこれこそがより望ましい形であったのではないか?
 プレイヤーの欲望に最適な環境を提供すること――そのためにはヒロインの独白はむしろ邪魔にしかならない、という判断だったのではないか。そもそも、前二作ではヒロインの独白がありながらも、それでいてエロシーンからは相互理解からは遠い感が最後まで拭えなかったのだが、夏めろにおける「ボタンの掛け違い感」の表現はより洗練されている。勿論、ゲーム上は「同じ愛情を共有している」ことを前提としてエンディングを迎えるのだが、最後まで不透明さはそのままに放置される。全然別のことを考えている(かもしれない)にもかかわらず会話が成立しているテキストが日常のあちこちに配置され、それがまたプレイヤーの欲望を煽り、主人公の焦燥とシンクロする。もっとヒロインのことを知りたい――支配したいと。
 つまり『夏めろ』において木之本みけが選択したこの手法は、とりもなおさず少女のエロスを――ひいては物語をより魅力的に描くための氏にとっての必然だったと言えよう(最も、これはライター兼ディレクターとして、全てのテキストを自らコントロール出来たからこそ可能だったやり方ではあるだろう)。
 結果、出来上がったテキストは何気ない風景を何気なく描きつつ、それでいて視覚のみならず嗅覚や皮膚感覚をも幻視させるものとなった。普段は冷静な視線を注ぎつつ、ひとたびエロシーンとなれば汗とか諸々の匂いにまみれた少年少女の焦燥と暴走を余すところなく描き尽くす――その両輪が氏のテキストを特異なものとしている。
 本稿のタイトルにも使用した『夏めろ』の名シーンを後ほど転載するが、そちらを一読して頂ければ皆様にもある程度理解してもらえるのではないだろうか――しばしば笑ってしまうほど強烈な斜め上を行くエロスの破壊力のみならず、ほのかに漂う湿度と抑制された叙情もまた氏のテキストの魅力であると。


6.妹ライターとしての木之本みけ

 閑話休題。
 ところで氏は妹ライターみけたんとして一部ではとみに有名である。
『シスコン』とつぐみ様を見れば何故かは明白なのだが、かつて「ファントム」に掲載された短編小説『ネコミミリア』の妹もとてもよろしい。
 ――まあ、ここでは「妹が嫌いな奴なんて、いるのかい?」とでも言っておけばよかろう、うん。


7.おわりに
 
 「ね、徹ちゃん……」
  雨にどうにか負けないぐらいの声で、橘花がポツリとつぶやく。
 「あたしたちホントに、一緒に東京に行けるかな……?」
 「…………」
  橘花も俺と同じことを考えていたのだろうか?
  俺は一瞬言葉に詰まる。でも……。
 「行けるだろ……」
  そんなに難しい進学先を選ばなければ、別に難しい話ではないはずなのだ。
  それでもやっぱり、未来のことなんて誰にも分からないから、不安になるのは俺も同じだった。
 「……頑張ろうぜ」
  すぐに橘花の返事はなく、俺は付け足した。
 「……そうだね」
  さらに一瞬だけ沈黙があって、橘花はかすかに微笑むような声で、答えた。
 
  気づくと、雨の音はずいぶん小さくなっていた。
 「あ……」
  蜘蛛の間から光が射し、降り始めたときと同じように唐突に、雨音はフェードアウトしていく。
 「すごい……。綺麗……」
  雨が止むと、オレンジ色に染まった太陽が、ゆっくりと流れていく雲を照らした。
 「そうだな……」
  ベンチに座ったまま、奇跡のように美しい夕陽を、俺もじっと見つめた。
  雨は止んだのに、俺たちはしばらく、そこから動くことができなかった。
  二人とも黙ったまま、雲の向こうの光をただ見つめ続けた。
 
 「ね、徹ちゃん……」
  ずいぶん時間があって、橘花がようやく口を開いた。
 
 「今日のこと、ずっと覚えててね」
 
 「忘れないで。空がこんなに綺麗だったこと――」
 
 

  ――『夏めろ』橘花ルートより
 




(*1)参考レビュー
マルセル氏の夏めろの感想
http://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/memo.php?game=8299&uid=%A5%DE%A5%EB%A5%BB%A5%EB
guras氏の夏めろの感想
http://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/memo.php?game=8299&uid=guras
Atora氏の夏めろの感想
http://erogamescape.dyndns.org/~ap2/ero/toukei_kaiseki/memo.php?game=8299&uid=Atora

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