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zoom RSS かにしのSS「アルキノオスの庭」

<<   作成日時 : 2016/11/24 07:12   >>

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「遥かに仰ぎ、麗しの」発売から十周年おめでとうございます。


 今回、発売日のタイミングで何かできないかなあと思っていたところ、ふとこのSSの存在を思い出しました。
 2011年冬コミにて頒布された、四方山やってみよう会有志によるPULLTOP10周年記念合同本からの再録ですが、この機会により多くの方に読んで頂ければ幸いです。
 再録と挿絵の使用をご快諾頂いたサークルDLKの暇人様には心より感謝致します。
 ではでは。


「アルキノオスの庭」 

  旅人に尋ねてみた どこまで行くのかと いつになれば終えるのかと
   旅人は答えた 終わりなどはないさ 終わらせることはできるけど
              ――ポルノグラフィティ「アゲハ蝶」より

 ――それは、今から十年以上前に聴いた曲で。
 まだ何も始まってもいなかったのに、全てが終わってしまったような気もしていた頃で。

 前日の雨に濡れた枯葉の香りが、朝の風に乗って鼻を撫でる。
 森の土にも似たその匂いを、彼女はどちらかと言えば好んでいた。
 ゆっくりと温室への道を歩く――冬の、ありふれた一日の始まり。
 この季節、温室の扉を開く人間は外気との差に一瞬息が詰まらせるが、もうその感覚にもだいぶ慣れた。
 とはいえ、慣れぬ出来事というのはいつになってもあるもので――それが例えば、今朝の出来事。 
 ひらひらと翔ぶ、黒い揚羽蝶。
 その影を視認した瞬間、彼女の全身に軽い戦慄が走る。
 蝶はゆっくりと温室の木々を――花々を周回している。後翅は斜め後方に細長く伸び、翅色はビロードの
ような光沢のある黒色――美しいが明らかに時期外れな、その姿。
 温室にとって彼らアゲハチョウの眷属は敵以外の何者でもない。花と観葉植物がメインの温室ではあるが、
その中にはゲッキツをはじめミカン科の植物もいくつか存在するのだ。
 しかし、そもそも今は冬。いったい、どこから――?
 勿論、ずっと温かい温室の中で目を逃れて育っていた、という可能性はあるが。
「夏のうちに幼虫が紛れ込んでいたか......?」
 しかし、食害はどこにもなかったし、そもそもこの辺ではあまり見ない種類のようだ。
 学院の敷地内には自然林も残されてはいるが、柑橘類の草木はさほど無かったように記憶している。
 いや、シキミやウマノスズクサなどを食べる幼虫もいるのだったか。とはいえ、それらは毒草であり、な
らば敷地内に生えないようメイド部隊がチェックしているはずだが――
 とりあえず、温室の奥に翔んでいく蝶を追う。
 まわりの草花とは異なる匂いを振り撒きながら、ゆっくりとそれは舞っていた。
 これは、麝香――?
「......とりあえず捕まえてお帰り願うか」
 はっし、と掴もうとして――失敗。
 逃した? 否――消えた。
 一瞬目を離した、わけでもない。なのに、いつの間にかどこにもその影はなく。
 麝香の匂いだけを遺して、蝶は陽炎のごとく掻き消えていた。
「......どうされましたか「
 入り口の方角から女性の声。
 メイドが扉からこちらを伺っていた。
 いつもの二名の内の一人。朝の巡回の一環だろうが――
「何か問題でも?」
「......蝶がいた」
 少しだけ、首をかしげるメイド。
「......こんな時期に、珍しいこともあるものですね。あら、この匂い......」
 麝香ですね、とメイドは何やら考え込んでいる。
「ジャコウアゲハ、というのがいたような気がするが、それかな」
「かもしれませんが......そういえば、もう十年以上昔になりますか――三階の皆様の中に、この香りが好き
な方がおられましたね」
「――そんな奴がいたかな」
 ええ、とメイドは頷く。
「野外活動の好きな方で、お嬢様方の中では、目立っていましたね。本人はよく、男になりたかったとおっ
しゃっていましたが」
「......分校に来たのも、それが原因か?」
「さて、私どもにはわかりかねますが――そうだったのかもしれません」
「彼女は、今、どこに」
 メイドは黙ったまま、目だけで存じ上げませんとまず答え――それから思い直したように付け加えた。
「――しばらく前に、学院を去られました。それから先は」。
「......ならば、今のは少なくとも地縛霊の類ではないということだな」
「あら。魑魅魍魎の類を畏れるお方だったとは、存じ上げませんでした」
「何を、今更」
 もう、このメイド達とも長い付き合いになる。
「明日は、面会日ですね」
「――ああ」
 心が、浮き立つ。
 
  詩人がたったひとひらの言の葉に込めた 意味をついに知ることはない
   そう それは友に できるならあなたに届けばいいと思う
  もしこれが戯曲なら なんてひどいストーリーだろう
   進むことも戻ることもできずに
   ただひとり舞台に立っているだけなのだから
  
「「それじゃ判定ー」」
 双子の掛け声とともに、三人の審判に視線が集中する。
 今回の審判は仁礼、相沢、上原――黄と青の旗のうち......ささっと青の旗が三本、上がった。
「おお」「ほー」「これは珍しい」と周りが一瞬息をつき――それからやんややんや。
「すごいすごいですっ通販さんすごい」「ブレンドを少し変えられたのですね......とてもおいしいです」「よ
いお点前でした!......でいいんだっけ?」「それはちょっと用法が違う気がするよみさきち」「お姉さま......
そろそろ用語くらいは......」「「どっちもおいしい♪おいしい♪」」
 その喧騒を平静に受け流す、中心の二人――しかし一人は微笑み、一人はどこか戸惑い気味。
「――完敗ですねえ」と邑那。
「......勝ったのか」と自分。
 正直驚いていた。確かに今日はうまく淹れることが出来た、とは思ったが。
 ゆっくりとまわりを見る。先ほどの連中は引き続きやんややんや。
 大銀杏も野原も三橋も高藤陀も小曽川も溝呂木も、彼女らなりにこのお茶会を楽しんでいるようだ。
 神はいつものように幸せな顔で寝ていたが。
 久々に遊びに来た連中と、まだ学院に居る連中が混ざり合って、今この時間だけは昔のようにはしゃぎま
わっている――午後の温室。
「そういえば――温室のどこかから、麝香の匂いがしますね」
 最初に気づいたのは、やはり邑那だった。
 今朝の話をすると、微笑んだまま首をかしげる。
「――黒い揚羽蝶、ですか。とすると、この匂いからしてジャコウアゲハ、でしょうか――こんな時期に、
珍しいものですね」
「どう思う?」
「温室は、外界と時を異にしますから――蝶も、間違えて羽化してしまったのかもしれませんね」
「蝶は、人の魂だという人もいるな」
「オカルト、お好きでしたっけ?」
「さてな」
「麝香の好きな方、ですか」
 メイドの話によれば約十年前――ならば、邑那もすでにここの住人である。
「そういえば、そんな方がいらしたような......岡本さんのように、とても凛々しい方だったように記憶して
おります」
 相変わらず記憶に無いが、凛々しい......か。ならばわざわざ化けて出るような真似はしなさそうだが。
「――ところで、ジャコウアゲハの学名はAtrophaneura alcinous.または、Byasa alcinousですが――
alcinous、という名前が、かのオデュッセイアに出てくるのはご存知ですか?」
「......どんな人物だったのだ?」
「オデュッセウスがその冒険譚を語り聞かせた、とある島の王――」
 そして、その名の意味は。
「『強い心』――だそうですよ」
「――なるほど、な」
「で、今のお話で思い出したのですけれど――たぶん、この方ではないかと」
 小物入れから、一通の手紙を取り出す――それは結婚式の招待状だった。
「蜜蝋の封とは、大時代な」
 そして、蜜蝋に捺された印は――蝶を象った西欧風の紋章。
「わたくしも学院出身の方とは知らなかったのですけど、先日たまたまホテルのロビーでお会いしまして、
今度ご結婚されるのだと――」
「それは、良い話だな」
「男物のスーツを着ていらしたので、わたくしも最初は気づかなかったのですが」
「............なんだと?」
「学院を出てから、モロッコのほうに留学されたとか......」
「そういうオチか!」
「なにか?」
「いや......」
 モロッコやタイに行くのは女になりたい人が多かったと思うが......逆がいても不思議ではない、か。
「「いいはなし♪」」「「いいはなし♪」」
 双子がテーブルの周囲をくるりと廻って去っていった。
 相変わらず耳聡く目聡く――そして何を考えているかさっぱりわからない二人だ。
 ......しかし、まあ、確かに。
「......もしこれが戯曲なら、か」
「......何とおっしゃいました?」
「いや。なんでもない」
 昔の歌に、そんな一節があったけれど。
 そう、自分は今も舞台に立っているだけの存在だ。
 それを何と酷い話だと、嘆くことも出来るだろう。
 ――けれど。
 冷たい水はないけれど、温かい紅茶はあるし。
 愛は......なんとも言えないが、羽を休める場所はある。
 そんな日々も――今の生活も、悪くはない。
 学院は冬でも日差しは温かく、温室の中はさらに心地良く暖かい。
 そんな午後に、思う。
 友人たちが集う様を眺めながら、何処かに居る筈の蝶に、想う。
 十年間の道のりが、この光景に至るために在ったのだとすれば。
 そう悪い戯曲ではなかったし。
 その十年は、きっと。
 あなたにとっても、そう悪い道のりでは無かったのだろう、と――


「アルキノオスの庭」了。
画像



                      挿絵:暇人様(-NEKORIAN.NET- http://www.nekorian.net/index1.html )

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