武装錬金SS「月を見る日々」

武装錬金SS三つ目。個人的には三作の中で一番気に入っている作品です。原作最終話一歩手前の時期を想定していました。アニメで追っている方には若干のネタバレあり。
主人公はまひろとお馴染みの怪人です。
「月を見る日々」

あの日から、気がつくと空を見上げる自分がいる。
ある夜は寄宿舎の屋上で。
ある朝は山の稜線に消える月を追う。
最初の数日かは、気づいたらそばにちーちんとさーちゃんがいて驚いた。
傍目から見て心配だったのだろう。
できるだけ平静に振る舞っていたつもりなのだけれど、やはり二人には隠せないようだ。
もうとりあえず屋上に行くのはやめようと思う。
昨日、給水塔の上で膝を抱えているあの人を、見かけてしまったから。
その鳴咽を聞いてしまったから。
そばに行ってあげたほうが良かったのだろうか?
でも、何を言えば良いのだろう?
何を言えるというのだろう?
ブラボー達から説明を受けた時も、あの人には何も聞けなかった。
わたしに責められるのを覚悟している姿をみただけで、こちらが辛くなるほどだったのだから。彼女はあんなに小さな肩だったろうか?
彼女はあんなに弱々しかったろうか?
気がつくと公園に来ていた。
もう黄昏時だ。月は曇って見えない。
「やっぱりよくないよね……うん」
こんなことでいいはずはないのだ。
兄は必ず帰ってくる。どんな形であれ。
奇妙だが、自分はそれは心配していなかった。
子供のときから、兄は自分との約束は破った事が無いのだ。
問題はいつ帰ってくるか、なのだ。
このままではあの人が壊れてしまう。
「非道いよ、お兄ちゃん……あたしより、斗貴子さんとの約束を先に守ってよ」
だんだん頭が沈んでいく。
「帰ってきたら、頭髪から足の先まで一センチ角で何もかもぶち撒けられるんだから……絶対」下を向いてしまう自分がいる。
「泣いてもいいとこなのかな、これ・・・」
その時、唐突に横から良く通る声が飛んできた。
「むーん?美しいお嬢さん。なにを御悩みかな?」
「ひえっ!?」
心臓が三センチくらい出た。
辺りを見回す。きょとん。
「……どこ?」
「むーん?これは失礼……」
それは、暗がりからぬるりと現れた。
真に場違いな正装……燕尾服というのか?
長身の男性……に見えるけど。しかし。
「……変なかおー!!」
「…………」
「あ、すいません。初対面なのに失礼な事」
「むーん?いやこちらこそ考え事の邪魔をしてしまったようだね」
形容しがたいがそっぽを向いていながら恐縮しているようにも見える顔だ。
「失礼ながら、月がどうとか聞こえたものでね。盗み聞きするつもりはなかったのだが許してくれたまえ」
「……はあ、そうですか。こちらこそ」
なにがこちらこそなのか判らないがとりあえずわたしは相づちを打った。
「月の話には何しろ目が無くてね」
「……はあ」
確かに一見してどう見ても太陽より月が好きなように見える顔だ。
「で」
「はい?」
「何があったのかね?悩み事と見受けたが。貴女のその嘆息の因が私のこよなく愛する月にあるとあっては我が名折れ」
「悩み事……そうですね」
名前がなんなのかは別に知りたくも無いけど初対面の人に話すような事だろうか?
ブラボーはなんか他言無用とか遠まわしに(気を遣いつつ)言ってたような気もするけども。
……そもそも普通の人が信じるような話ではないよね。
兄が恋人も妹もほったらかして月に行ったっきり帰ってきません。どうしたらいいですか?
なんて。
「ふむふむ」
「……っえー!?なんでなんで?」
「……貴女。思い切り考えを口に出してしまっているのだがね」
「えええ!っどのへんからですか?」
「名前がなんなのか、辺りからだね。むーん。君はとても面白いね」
ほとんど全部だ。
「あ…すいません失礼を」
ぺこり。素直に謝ってしまう。
「気にしないでくれたまえ。しかし、月に夜逃げとはまたずいぶんと行動力のある青年だね」
「そーなんですよ。うちの兄はそれだけがとりえで」
……あれ?
「すいません。夜逃げじゃないんですけど」
「うむ。どこで突っ込んでくれるか待っていたのだがね」
「……」
「むむ、失礼した。真面目な話だったのだね。いや。正直あの彼女では逃げたくなっても……」
ぴきーん。
「そんなこといわないで下さい!斗貴子さんはホントにいい人だしかっこいいしすべすべだし」
……でも。あれ?この人、斗貴子さんの知り合いなのかな?
「むむむむ……これまた失礼した。すべすべなのはポイントが高いな。私もすべすべの満月は大好きだ」
「……なんか関係あるんですか?」
「むむむむむむ……以外と厳しいな君は。それはともかく」
怪人は一呼吸おいて闇に近づきつつある空を見上げ、続ける。相変わらず月は欠片も見えない。
「帰ってくる当てはあるのかね。正直月というのはとてもとても遠い。私にとっては魂の故郷とでも言うべき場所だが、この私にとってさえこの距離を重力の束縛を超えて飛翔するには眠りの神の助力を必要とするのだよ」
「……要するに夢のなかでなら行ける、って意味ですよね?」
「…………」
「あ、すいません。えーと、月に行った、って言うことは疑わないんですか?」
「うむ。私のような者が存在する以上、独力で月に行ってしまうつわものがいても私は驚かないね」
「はあ。いや確かに行ったみたいなんですけど……帰りの当てはないみたいなんです。それに月って空気とかも無いですよね?元気なのかどうかも心配で」
「……心配する部分が少々ずれているような気もするが」
「そうですか?でもほんとに…自分より斗貴子さんがこのままどうなっちゃうんだろうって思ったら……あれ?」
ぽたり。
「…………」
「あれ……いや本当に兄は多分元気だとは思うんですけど……あれ、おかしいですね、わたし。秋なのに花粉症かな……って……ぐすっ……」
「……これを使い給え」
差し出されたのは薄い黄色の柔らかそうなハンカチだった。
「……あ、ありがとうございます……ぐしゅ!」
目の周りを拭いた後鼻をかむ。
一瞬空気が緊張したような気もするが仕方ない。手を見るとハンカチには金の刺繍が縫い取られており
「ルナ・インダストリア」とブランド名らしきものが読める。
「……落ち着いたかね」
「……あーと、すいません。高そうなのに汚しちゃって。あ、今度洗って返します」
だが怪人はふるふると手を振って話を続けた。
「貴女は兄想いだね。それに兄の恋人のこともずいぶんと気遣っているようだ」
「……いえ。私なんかより多分斗貴子さんのほうが何倍も辛いと思います」
「ふむ?」
「私にはまだわかんないですけど……例えば、一度何かを失った人が再び確かなものを手に入れてそれをまた失ってしまったとき、って最初よりさらに辛いんだと思うんです。だから私より斗貴子さんのほうが心配で……」
「……なるほどね。貴方は賢者だ」
当たり前のことを言ってしまっただけのように思うが、この怪人は感銘を受けたようだ。
「全然そんなことないですよ。で、私はどう日々を過ごしていけばいいんでしょうか?……この、兄のいない日々を」
「……そうだね。お兄さんの恋人を、とりあえずはそっと見守ってあげる事だね。で、君は普段どおりにたくましく生きればよい」
「それだけでいいんですか?」
普段どおり。簡単なようで、それは……だけど。
「兄の帰りを信じる君の存在そのものが周りの人々にとっての光となるだろう」
「??」
「ただし、まあ気をつけることだ。世の中には君のような他者の痛みや喜びに共感しともに分かち合える人物と、正反対の人物がいる」
「???」
「他者の不幸をみて仄暗い喜びを覚えるものも存在するということさ」
「?……そんな人、周りにいないです。大丈夫ですよ」
「それは重畳。では周辺の良き仲間とともに彼女を見守ってあげる事、彼女がそれを必要とするなら支えてあげることだね」
「……そうですね。ありがとうございます。なんかちょっと気が楽になりました」
「差し出口ながら、恐らくその斗貴子さんという方も、君が心配するほど弱くはないと思うよ」
「そうですよね!あんな強いひとだもん。大丈夫ですよね!」
「そうあらんことを心から祈るよ。……さて、私はここで失礼しよう。お嬢さんも帰るといい。月の無い夜は物騒だし良い夜とは言えないからね」
「ああっそうですね。すいません忙しい所をありがとうございました」
「ハンカチは差し上げよう。いずれ何処かで御会いすることもあるだろう。その時はお兄さんも一緒だと良いね」
「はい!ああっすいませんハンカチほんとに。すいませんそれじゃ」
帰り道を急ぐわたし、武藤まひろ。
その足取りは心無しか、先ほどより軽いものとなっていた……と、思う。

ぽつねんと夜の公園に取り残された御馴染の怪人。
「月の無い夜も、たまにはいいことがある……かな?」
何も解決してはいない。何ら道を示したわけでもない。
解決は彼女ら若人が自ら選び取ってゆくものだ。
私はそれを気づかせたに過ぎない。
しかし。
「……ヴィクターはともかく、かの若人には無事に帰ってきて欲しくなったよ」
彼女らによって、自らのよって立つ位置を再確認した。
そんなことも有り得るのかもしれない。
個々の営みも世界の破滅や再生も。
琴線に触れる限りは自分の中で等しく重要なのだと。
「これから先も、良きにつけ悪しきにつけ興味深い個々に出会いたいものだ……」
私が世界に飽きてしまわないように。
もしその前に、誰かが世界を壊そうとしたら?
「さて、壊す方守る方、どちらが面白いのだろうね……」


End.

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