創作「桃泉学園事件簿(4)」

「夏目小太郎/蒲原千鶴/烏丸景/一号書記」

で、日曜日の午前十時。
結局休日を返上して、言われた通り俺は校門前のバス停に来ているわけだが。
「何でお前がいるんだよ」
涼しい顔をして、蒲原千鶴が俺の隣に立っていた。
「朝稽古が終わってのんびり冷たい麦茶を飲んでいたら、君がなにやら深刻な顔をして家を出るのが見えた」
「……俺、そんなやばい顔してた?」
全く気乗りしなかったのは事実だが。
「うむ。故に好奇心でついてきた。それだけだ。特におかしくもあるまい」
「いや、それだけって……」
「何しろ、朝の君ときたらそのまま踏み切りに飛び込みかねないように見えたのでな」
「いくらなんでもそこまで思いつめてねえ。お前、俺をどんな人間だと思ってるんだよ?」
「む、普段無感動を装ってる分突発的な障害で精神的に崩れ易い」
すぱすぱとココロに刺さる言葉を放つな、こいつも。俺の周りにはこんな女性しかいないのか。
(いや、あの人は……違うか?)
あるクラスメートの顔が一瞬浮かんで消えたが、それはともかくとして。
「外れてないかもしれないが、そこまで断定的に言われるとなんか自分の弱さが悲しくなるな……」
「むう?だから崩れ易いと言うのだ。私如きの発言で動揺してどうする」
「……判ったよ。でも、いいのか?これ、サークルの用事だぜ」
こいつはサークルに俺が関わるのをあからさまに嫌がってるしなあ。理由は判らんけど。
一生さんと昔何かあったのは確かなようだけど、それが何なのかはさっぱりだし。
「別に私が用を引き受けるわけではない。君が馬鹿なことをしないか、背後から見守っているだけだ」
「……別に見守らんでも」
お前は背後霊か。大体、もうお互い子供じゃあるまいし。
「……迷惑か?」
――でも、そうぽつりと聞いてくる千鶴は、何処か急に気弱そうに見えて。
何かそれが、俺をいたたまれない気持ちにさせるから。
「……別に」
無論、悪い理由など一つもないし、迷惑と言うほどの理由もないし。
千鶴の総合能力を考えるとむしろ、俺にとっては守護霊と言ったほうが相応しいくらいだし。
どこにも、断る理由は無かった。

「で、君は誰を待っているのだ?」
千鶴はバス停の時刻表を眺めながら俺を詰問する。
さっきまでの気弱そうな影は何処へやら、問い詰める口調は全く優しくない。
神様、今俺は何か罪を犯している最中なのでしょうか。
「副会長の烏丸さんが来るらしいけど……」
「……『仮面の執事』か。会長の懐刀だな」
「その仇名は本人の前で言うなよ……お、あの人じゃないか?」
そう。副会長、烏丸景。
彼が常に冷静なその主、篠森雛乃以上に無表情、と言われるには理由があって。
片手を挙げて、ゆっくりと二人に近づいてくるその人物の顔は。
「やあ、ご苦労さん。良い天気だね」
良く通る快活な声と、どこかアンバランスな――動きの無い薄い肌色の仮面。
烏丸景は、学校にいるときは常に顔全体を特殊なマスクで覆っていた。
人造皮膚と似たような素材ながら多分より強靭で、恐らくはわざと普通の人肌より白く染められたそれは肌とぴったり密着しており、彼の首周りが日焼けしていなければ境界を遠目で判断するのは難しい。
目と口と鼻のところはきちんと穴が開いており、また通気も汗の浸透性も確保されているらしく、蒸れたり苦しそうになったりしているのを見たものもいない。
過去の火傷跡を隠すためだとか色々噂はあるが、その仮面の理由を知る者はいない。
そして、仮面の下で彼が普段何を考えているのか――それを知る者も、恐らく会長以外には居ないのだろう。
「――おはようございます、副会長」
俺より少し背は高い。演壇に生徒会メンバーが並ぶときは会長とほぼ同じくらいの身長に見えるのだが、してみるとそもそも会長の背が高いのか。
いつものように、制服の着こなしも所作も隙が無かった。誰かへのお土産だろうか、片手に菓子折りを下げているのがむしろ似合っていない、と写るほどだ。
(うわあ……間近で見るの初めてだよ俺)
(うむ……私もだ)
失礼と思いつつもついひそひそと囁いてしまう俺たちの動揺は、副会長は気にも止めていないようだった。あるいはもう、外見で驚かれるのに慣れてしまっているのかもしれない。あくまで快活で冷静な先輩の立場を崩さず、彼は俺たちに声をかける。
「おはよう、夏目君……と、君は一年の蒲原さんかな?」
「私を知っているのですか、副会長」
「ああ、一生さんの妹だろう?お兄さんには以前お世話になったからね」
「……むむぅ」
「眉間に皺よせて唸るなよ……皺が増えるぞ」
「不本意だ。そして君は失礼だ」
「……それはそうと、今日は蒲原さんも一緒に?」
「よろしければ、話だけ」
あからさまな仏頂面で千鶴が頷くが、副会長は気にした様子もない……というか俺の目では何を考えているのかすら判らない。
「無論。夏目君を助けてくれるのなら大歓迎さ」
「……それは聞いてから決めます」
だから千鶴の態度を見た副会長が、この二人の関係は中々興味深いと思ったかどうかも俺は知らないのだけれど。
「……つか、副会長。俺も詳しい話聞いてないんで、とりあえず……」
何となく居心地が悪くて、とりあえず場所を変えないか、と振ってみた。
仮面の奥で、副会長は笑っただろうか?
「ああ、勿論。甲斐君や柳さんにはさわりしか話していないからね。ちょうどバスが来たことだし、とりあえず移動しようか」

市営バスに揺られて街中へと向かう。
路線図を確認した俺は副会長に目的地を尋ねてみたのだが。
「終点の一つ前の停留所で降りるよ。市立病院前」
「……行き先は市立病院、ですか?どなたか入院してるんですか」
持っている菓子折りから察するにお見舞いだろうか。しかし、通常見舞いに手伝いは必要あるまい、と不思議そうな俺の顔に副会長はすぐ説明を加えてくれた。
「うちの一号書記が、四月半ばから入院していてね」
桃泉学園高等部の生徒会書記は二名。二号書記は入学して直ぐの一年から選抜され、選挙の対象外である。そのままもう一年務めると一号書記に昇格するが、書記長や会長など他の役職に現職が立候補したり、再任を辞退した場合などは選挙が行われることになっている。今の一号書記は同世代にすでに入江靖章がいるため、二年になっても書記長に立候補する気は無いらしい。おそらく六月の選挙後は再任となるだろう、とのことだった。
通常、生徒会選挙の対象になるのは会長と書記長の二名、いずれも一、二年生から選ばれることになっている。つまり現会長も現書記長も、一年生のときに生徒会入りしてそのままその座にあるということだった。
なお、副会長は会長が決定した後、会長が任命することになっているため選挙の洗礼は受けないが、かつては対立候補に依頼するのもよくあることだったらしい。よくある反対派の取り込みによって政権の安定を図る、というやつだ。学生レベルでの選挙であれば、後々しこりを残さぬためにも有効な方法ではあったろう。
とはいえ、無論これも雛乃以前の慣習であったわけで、雛乃は当選すると躊躇無く同じ一年の烏丸を副会長に任命した。そんな状況だったため、三年生が牛耳る各種委員会との折衝は難航すると思われたが、当時ただ一人の二年生として書記長を務めたある人物の尽力もあり、支配権の確立と融和は実にスムーズに行われた――
というのは俺がこの春、とある先輩から聞かされた今の生徒会にまつわる歴史の一つだ。
「四月からだともうけっこう長いですね。ご病気ですか」
「……表向きは、下村君は食中毒から内臓疾患を併発したということになっている」
下村というのが一号書記の姓らしい。
「実際は違うんですか?」
表情にも口調にも変化を見せず、あっさりと副会長は答えた。
「ああ。毒を盛られた可能性がある」
今日の朝飯はフレンチトーストでした、と言うような感じで。
「……なんか、物騒な話ですね」
何と言っていいか良く解らずにただ呟いた俺を引き継いで、それまで黙っていた千鶴が低い声で尋ねる。
「――その方は、誰かから恨まれていたのですか?」
「うーん。君たちも会ってもらえれば判ると思うけど、そういう人物ではないんだよね、彼は」
「……ひょっとして、俺たちに手伝って欲しいこと、ってのは」
「うん。下村君の話を聞いてからで構わないんだけどね。君たちのサークルに、この件の調査を依頼したい」
調査。それはつまり――
「毒を盛った犯人を見つけ出せ、ということですか」
「意図的に毒を盛られたのかどうかはともかく、何故こんな事件が起きたのかは究明する必要があるからね」
と副会長はあくまでも淡々と話を進める。
「……その調査には危険が伴う可能性があるのではないですか?」
じっと副会長の白い仮面を見つめたまま、千鶴が食い下がる。
「どんな可能性も僕たちは否定しないよ。今のところはね」
副会長の表情は相変わらず全く伺えない。正直な所、千鶴に睨まれるのは俺でも身がすくむ思いだが、気にもしていないのか敢えて無視しているのか。
「とりあえず、その……下村さんですか。書記の人に会ってから考えますよ」
ほっとくと本当に噛み突きかねない顔をしていたので、とりあえずフォローを入れると同時に千鶴の脇腹を指でちょこん、と突く。
(ひゃう!)
飛び上がりそうになった千鶴に今度は俺が睨まれて、一応この場はセーフ。
「……むぅ、そうだな、バスの中でする話ではないな……」
とりあえず千鶴が折れて、張り詰めていた空気が去ったのを認識した俺ははあ、とため息をついて、また千鶴にじろりと睨まれた。
(……昔から私の脇腹が弱いのを知っていてそういうことをする君は意地の悪い男だ)
道場の稽古では胴が守ってくれるその辺りは、くすぐったがりの千鶴にはウィークポイントだ。
……まあ、ガキのころはくすぐりっこしたり取っ組み合いしたりで、良く泣かせたり泣かされたりしたものだけど。今となっては、泣かされるのは九割がた俺で確定だろう。
(仕方ないだろ。あんまり噛み付くなよ)
副会長になるべく聞こえないような小さな声でたしなめてはみるものの。
(私は犬ではないし、誰にでも噛み付くわけではない……君の立場は理解している)
正直、効果は期待薄。……心配性というか何というか、千鶴は俺が危険(と思われる事)に首を突っ込むのは何でも嫌がる。サークルに入ると決まった時もそうだった。(これに関してだけは、彼女が正しかったと思わなくもないが)
まあなんだかんだで幼馴染だし、俺より純粋に今の千鶴は強いし。彼女にとっては、姉が弟を心配するような感覚なのだろうか。生まれたのは俺のほうが少し早い筈なのだけれど。
……ひょっとして俺、過保護な状態にあるのか?男としてどうよその辺、と思わなくもない。
表情をくるくる変えながら無言で悩む俺を、他の二人はやや不審な目で見ていた……とは、後で千鶴に聞いた話だ。

――二人部屋の病室はベッドの住人にとっていささか窮屈そうに見えた。
一号書記――下村里汪は縦にも横にもでかい人だった。
しかし、圧迫感がかけらもないのは、その今まさに幸せの絶頂にあるかのような笑顔と。
「やあ、寧日亭のマドレーヌはいつ食べても絶品ですねえ」
ぱくり、もぐもぐ。ぱくり、もぐ……以下しばらくループ状態。
「烏丸さんがぼくの好みを知っていてくれて幸せですよ」
とりあえず好きなものを食べていれば幸せらしい、そのいかにも穏やかそうな性格のせいだろうか。しかし、とすると病院生活はさぞ辛いだろうな、と思いきや。
「いやいや、病院食も慣れてしまえばなかなか美味しいものだよ?薄味に慣れてくると、素材の微妙な違いが判るようになるんだよね」
――ひょっとして、食べられさえすればなんでも良いのかもしれない。
「下村君が長期入院先の条件にまず病院食の味をあげたのでね、リサーチしてこの病院にしたんですよ。まだましな方だとね」
本当は学園の診療所が一番ご飯は美味しいけれど、何分精密検査が出来ないしセキュリティにも不安があるから、と副会長は説明する。
「……学園内部のほうが、情報漏れは防げるのではないですか?」
とこれは千鶴。外部からの出入りの多いこちらと比べると、確かにそんな気もするが。
「学園の外に敵がいるならそうかもしれないが、今回はそうとも言い切れないからね」
「……この病院のほうがセキュリティは確保されている、と?」
「下村君の担当医には篠森の息がかかっているからね。誰かが下村君に危害を加えないよう気をつけてもらっている。それにこちらなら、無用に学生の気をひかないからね」
「実はこの部屋にもカメラが仕掛けてあるらしいよ。でも僕が知ってたら不自然な行動をするかもしれないから、って場所は知らされてない。むずむずする話だけど、自分の命がかかってるかも、となれば仕方ないね」
と下村さんは既に達観しているようだ。成程、その辺は篠森の財力と権力を利用すれば造作もないことなのかもしれない。

「……事件の経緯をもう一度、だったよね?」
十分とかからず菓子折りの箱を空にした下村書記は、ぬるいお茶をすすりながら記憶を掘り起こすかように下を向いて考えている。
「何度もすまないが、夏目君に本人の記憶をきちんと知っておいて欲しいんでね」
「勿論構いませんよ、ぼくだって真相は知りたいですから。……そうだねえ、高等部校舎前から購買広場に抜ける道のはずれ辺りに、ホットドッグスタンドが出てるのは知ってるかな?」
ややあって顔を上げた下村書記は、人好きのする顔でにこにこしながら語り始めた。
「あー……けっこう横通りますよ。俺はまだ買ったことないけど、けっこう人気あるみたいですね」
見た事はある。スタンドの構えも売ってるホットドッグもいかにもアメリカンな感じの店だったと思う。一方、千鶴は気に留めたことがないらしく、やや首を捻っていた。
「そう。なかなかこれが本格的でね、サイズも味も大雑把なもんだけど、またそれが本場っぽくていいのさ。で、ぼくは自宅通学なんだけど、遅くなったときはいつもそこに寄ってホットドッグ買って帰るのが習慣でね」
「……一応聞きますが、晩御飯の前に普通に買い食いするんですか?」
「ああ、キングサイズを二つ買うのがいつものパターンさ。勿論、帰ってからもしっかり食べるよ?でないと夜中にお腹がすくからねえ」
なるほど、そんな食生活ではここまで育つわけだ……と俺は納得してしまう。どうやら、この人の胃袋は常人の物差しで計ってはいけないらしい。
「今考えてみると……その日に限って店員さんが違ったんで、おかしいなーとはその時もちょっと思ったんだよね」
「違う人だった?見覚えのある人ですか?」
「いや、当時はなかった。あとで烏丸さんが探してはくれたけどね」
「……?」
「まあその話は後で。とにかくいつものようにキングサイズを二つ買って家に帰って食べ終わって。親が晩飯が出来た、と呼びに来たんで部屋から降りて……あとは食べてる最中に突然眩暈がきてさ」
そのまま意識を失って、気がついたときにはもう病院だったのだという。
「その……毒って、結局、何だったんですか?」
「――ボツリヌス菌だよ。知ってのとおり、下手をすれば生命に関わる毒素を持っている」
補足する副会長の後を受けて、今はだいぶ平気だけど、当時は大変だったんだよと下村書記は汗をタオルでぬぐいながら語る。
幸い、親兄弟には感染しなかったそうだが、後遺症でまだ眩暈や震えが出るため、リハビリが必要なのだという。また、再度狙われる可能性も絶無とはいえないので、現在ではこの病院で足止め状態、学校に戻りたくても戻れない、ということらしい――まあ、見たところ、この生活もある程度楽しんでいるようではあるけれど。
……とは言え。
「えーと……結構洒落にならないですね。でも、それじゃただの食中毒っていう可能性も捨てられないんじゃ」
「ところがねえ、スタンドからも他の食材からも菌は一切出なかったらしいんだよ。もし自然に汚染されたのなら、他の食材からも当然検出されなければおかしいだろ?」
だからと言うべきか、スタンドの営業主にも厳しい罰は課されなかったのだという。病原が特定不可能、ということらしい。
「警察が言うには、汚染されていたのはぼくが昼に食べたものかもしれないし、どこかで意地汚く拾い食いしたものかもしれない、というわけさ!酷い話だよね」
下村家の食卓も検査されたが、当然ながらどこからも菌は出なかったという。出るわけないさ、と下村書記は憤慨する。
「そんなことある筈ない、って何度言っても警察は信じなかったけどね!大体、いくらぼくでも拾い食いはしないさ」
まあ、人として当然ではあるが……でもこの人、本当に空腹ならやりかねないのでは、とちょっとだけ思ったのは秘密だ。
「――では、ここから何が考えられるか?誰かが下村君のホットドッグだけを何らかの方法でボツリヌス菌で汚染した、ということさ」
副会長がここまでの話をまとめて俺と千鶴に提示する。すなわち――毒を盛るに等しい行為を誰かが下村書記を狙ってやった、と。
「……客や他人の目があるかもしれないスタンドで、そんな真似が果たして可能でしょうか?」
千鶴が首をかしげる。確かに、なんだかんだで人目の多い場所ではあると思うけれど。

それに、と俺は考える。それ以上に、何のために――そんなことを?

病室に長居するわけにもいかなかったので、とりあえず病院の食堂に移って内容を検討してみることにした。
昼飯には丁度良い時間という事もあり、結構にぎわっている。
俺はハズレの少なそうなカレーライスを選んでみた。思ったより美味い。
こういう場所で良く出る、小麦粉の多い昔風のカレーではなく、割と本格的な欧風カレーの味がする。
そう告げると、副会長は蕎麦をすすりながらにこやかに(といってもあくまで口調からの類推であり、仮面の表情にあまり変化は無いのだが)頷く。
「先ほど言ったとおりだろう?まあここは見舞い客向けの食堂だから、病院食の味付けとは違うけどね」
「少々薄味すぎるような気がする。確かに美味しいとは思うのだが」
とおにぎり定食を選んだ千鶴はやや不満げだ。
「……千鶴んちの味付けがもともと濃いからじゃないのか?」
「む、そうか?だが君も昔は気に入っていたと思ったが」
「あー、稽古して汗かいた後はなあ、確かに多少塩辛いほうが美味いかも」
そう考えると、千鶴の父母が濃い味が好きなのもまあ当然ではあるのだが。
「まあ、ここの料理はともかくとして、正直な所下村さんに毒を盛る理由が解らないですね」
何か他の事件と関係がある、ということはないのだろうか?
「……君たちも知っているとは思うが、現在、学園では二名の行方不明者が出ている。警察はどちらも誘拐された可能性が高いと見ているね」
しかしねえ、と副会長は首を捻る。
「無論、この件と誘拐の関連も考慮してはみたけれど、下村君が担ぎこまれたのは一人目の鷲尾さんが行方不明になる大分前だからねえ」
「……スタンドに当日いた人は見つかったんですか?」
「ああ。死体になってね」
「……!?」
「隣町の河川敷で、今月の初め死体で見つかったよ。死因は飢えによる衰弱死。去年から居ついていたホームレスらしい」
苦いものを噛み締めるような口調で副会長は説明を続ける。
「人相が一致するようだったので、下村君にも写真で確認してもらった。肉付きなどは無論違っていたようだが、多分間違いないと彼は言っている」
「……餓死、ですか。しかし、その人がなぜホットドッグスタンドを?」
副会長によると、本来の営業者はその日旅行のため休業予定だったのだという。
「だがしかし、隣町のフリーマーケットでスタンドを出したいと言う申し出が知人からあったそうでね」
その前後三日間は貸し出し中だったらしい。だから自分のスタンドではないと思う、との返事だったそうだ。
「調べてみたら、確かに出店はしていた。下村君が倒れた当日だけ図ったようにね」
但し、そのスタンドがここに出店していたものと同じとは限らない、と副会長は結論を留保しているようだ。フリマに出店していた人が撮影した写真も見せてくれたが、端っこに写っているスタンドは正直同じとも違うとも言いかねる。
大体、俺だって普段から注視していたわけでもないし。
――俺はない知恵を絞って考えてみる。例えば、スタンドを借りた人間がフリーマーケット当日、別のスタンドを持っていったとすれば。
その人が何食わぬ顔で学園に本来のスタンドを出店した可能性も無いとは言えないし、その逆だって下村さんの目がさほど正確でないと仮定すれば有り得なくも無い。
だが、副会長はあっさりその考えを否定した。
「知人とやらの背景も調べてみたけどね。その人はフリマ会場になった公園の近くにある教会の神父さんだった。身元はしっかりしているし、死体になった人との関係も見つからない。無論、チャリティなどの絡みで知り合っていた可能性は否定できないが、本人はそんな人は知らないと言っている」
「警察は、その辺の情報はどこまで知ってるんですか?」
「どうかな?あくまで誘拐より前の話だしね。それに、下村君はいつもと同じスタンドだったと言うが、他に正確な目撃者がいるわけでもない」
「当日、そのスタンドで他にホットドッグを買った人は居ないのですか」
おにぎりを食べ終わってからもしばらく考えていた千鶴が質問を挟む。
「一応、食中毒警報の名目でその日にホットドッグを食べた人は報告して下さい、という案内は出した。報告は四通。後で風紀委員会に確認を取らせたけれど、いずれもスタンドは特に注意して見ては居ない。
店員が違うことに気づいたのも一人だけだったよ」
要するに、他の目撃者はあまり当てにならないということらしい。
「そもそも、下村君が寄った時も他の客は居なかったらしいしね。まあ、いずれにしてもスタンドの裏側で売り子の手が何をしていても客には見えないよ。横にも仕切りがあるしね」
恐らく、自分でも何度も状況を検討していたのだろう、副会長の言葉には淀みが無かった。
「同じスタンドだとしても、ボツリヌス菌は嫌気性だし熱を嫌うから、アンプルのような密封形の容器でどうやってか直前に仕込み、容器はその場で燃やしたあと消毒液に投入して捨てる。これならスタンドや他の食材に菌が残る可能性は低い」
「……見てきたような物言いですね」
千鶴の言葉は皮肉すれすれにも聞こえたが、副会長の表情は例によって変わりようもなく。
「結果から辿って原因を想像してみただけだよ。妄想と言ってくれても構わないが、当たらずとも遠からずだとは思っている」
俺には正直判断もつかないが、副会長が言うのだからそう大きな間違いはないのだろうと思う。
それに、実際の所問題は「毒をどうやって入れたか」ではなく――
「何故、ホームレスだった人がその日スタンドでホットドッグを売っていたのか。何故下村さんに毒を盛ったのか」
「……そう、結局、問題はそこなんだよねえ。で、だ。参考になるかどうかは解らないが、ここに一つ、別の事件がある」
「別の事件?他にもトラブルがあるんですか?」
「ああ。幸い、表の話題にはならなかったがね。去年、ここの卒業生で覚醒剤の使用が発覚したものがいる」
……今度こそ、俺と千鶴は二人してあんぐりと口を開けた。千鶴は目も一気に険しくなる。
「高等部で二名、中等部で一名、いずれも受験生だ。中等部の子は一般入試とのボーダーライン上、高等部の二人はA判定の前後を模試のたびにふらふら、というレベルさ」
覚醒剤ときたか。確かに、徹夜の多い受験生が手を出すパターンは昔からあるとは聞くけども、この学園でそんな話を聞くとは思っても見なかった。
「中等部の子まで、ですか……酷い話ですね」
「どちらも親が有力者だったし、片方は発覚したときは卒業していたということもあって公にはなっていないが、学内で汚染されたのは間違いないと会長は見ている。ちなみに中等部の学生は、結局一般入試で落ちたがね」
「警察はどう見ているのですか?お蔵入りですか」
千鶴が畳み掛けるように質問する。何しろ彼女は正義感が強いので、こういう話は無条件で嫌うのだ。
「捜査は続けられているはずだが、販売ルートが不明なままでね。三人とも学内で買ったらしいが、いずれも見たことの無い男だった、というんだよ。高等部の学生服を着ていたと言うが、似顔絵でも該当者はなし。まあ、警察が内偵を継続していてもそれは関知するところではない。僕たちは独自に風紀委を通じて調査を進めてきたが、いずれにせよルートはまだ判らないままさ」
「それ以降は捕まった人もいないんですね?」
「ああ。上手く供給量をコントロールして、使用者が挙動不審にならないようにしているのか、単純に今は地下に潜んでいるのか……」
しかし潜んだままでは困るんだよ、と副会長は言う。
「僕たちの任期が終われば、今までの調査結果がどう処理されるかわかったものじゃない。もし、新役員に彼等の協力者が居たら、情報を握り潰される可能性もあるからね。だから、選挙の前、僕たちが現役のうちに膿は出しておきたいということさ」
成程、今の生徒会が急いでいる理由は解った。でも、この事件とスタンドに何の関係があるのか――と、そこまで考えて気づいた。
「――副会長は、ホームレスが覚醒剤の売人だった可能性を考えているのですか?」
あ。千鶴に先越された。
「販売ルートを特定されないために、切り捨てても惜しくない人間を囮の売人として表に立たせた可能性はある」
「……でも。それっておかしくないですか?」
俺も疑問を呈してみる。だって、もし売人が毒を盛ったのならば、そこに注目してくれとわざわざアピールしているようなものではないだろうか?
それとも下村さんに、覚醒剤の絡みで狙われる理由があるとでも言うのだろうか。
「下村さんの前じゃこんなこと言えないですけど、その……」
「ああ、無論彼の身辺は真っ先に風紀委が洗ったよ。入院したときに反応検査もしたけど、過去にクスリをやったことも買ったこともないのは間違いない。白だね」
かといって、一般的な理由で誰かに恨まれるような男でもないんだよねえ、と副会長は苦笑する。確かに、人の恨みを買うような性格には見えなかったけど。
「……風紀委の最終的な意見は?」
「麻薬問題との関連は見出せない。食中毒で無いかどうかは証明不能、でおしまいさ。錠助は確固たる証拠が無いと動かない男だしね」
しかし、それでは結局手詰まりは変わらない。むしろ、情報が増えた分より判らなくなったような気がする。
「うーん……なんかもう、単純にホットドッグが傷んでただけのような気がしてきましたよ。他から菌が出なかったのはあくまで偶然にすぎないんじゃ?」
「それで片付けばいいんだがねえ。だとしても、なぜその日、スタンドが出店していたのかという疑問は残る。無論、売人説にも問題はあるがね」
確かに、スタンドを介して薬の受け渡しをするというのは非効率的だ。
普段と違う人間が売り子をやっていたわけだし、他人に怪しまれる可能性も学生同士が普通に受け渡しするよりかえって高いような気もする。
メリットがあるとすれば、ホームレスを挟むことで買い手と本当の売り手が直接顔を合わせずにすむぐらいか?
……いや、もう一つ。不要になればたやすく中間を切り捨てて情報を隠蔽できる、というのも売り手にとってはメリットか。
もしそうだとすれば反吐の出るような話だが、学生相手に覚醒剤をばらまくような連中にモラルを期待する方がそもそもおかしいのかもしれない。
「……売り手の元締めが学生、あるいは学内の人間だとすれば、回りくどい受け渡し方法も理解できなくはない、ですか」
「……そう、我々も今のところ、その可能性が高いと考えている。だから厄介なのさ。風紀委内部だって、汚染されていないと断言はできないからね」
「それを言うなら、小太郎や私とて同じではないのですか?」
「何、甲斐君の紹介なら間違いないよ。色々問題のある人ではあるけれど、人を見る眼は確かだからね」
「……小太郎はともかく、私は紹介された覚えはありません」
どうも、千鶴の機嫌は話が進むごとに悪くなっていくようだった。
正直俺は慣れているのでアレだけど、副会長が気分を悪くするのではないかと思うと気が気でないのだが、そこはやはり上級生の余裕か。あるいは仮面の効果による鉄面皮のせいかはともかく、千鶴の言葉に含まれる棘を気にもせず上手くあしらっている。

――とりあえず、にわか探偵になったつもりで状況を整理してみようか、と俺は思った。
事件一。
この学園では、先年から一部の学生に覚醒剤が流通している。売り手は不明だが、学園内の人間である可能性が高い。
事件二。
①学園に出店しているホットドッグスタンドが営業主の都合で休みをとった。
②隣町のフリーマーケットに出店するために、隣町の神父さんがスタンドを借りた。
③神父さんの出店は確認された。しかし、スタンドが本当に同じものかどうかまでは確認できない。
④休みをとったはずのスタンドが学園内で出店していた。売り子はいつもの人間ではなかった。しかし、スタンドがいつもと同じだったかまでは確認できない。
⑤下村書記は違和感を覚えつつもホットドッグを買い、その晩ボツリヌス菌によって病院に担ぎ込まれる羽目になった。
⑥ボツリヌス菌はスタンドからも下村宅からも発見されなかった。
この事実はボツリヌス菌が偶然に感染した可能性をある程度否定するものである。
従って、ボツリヌス菌は下村書記のホットドッグに意図的に混入された可能性がある。
⑦当日のスタンドの出店を営業主は否定した。また、売り子と思われるホームレスは今月になって死体で発見された。なお、営業主と神父はともにホームレスとの関係を否定している。
⑧事件一と事件二の間に、現時点では関連は見出せない。風紀委員会の調査がこれを補強している。
――ここで、あえて⑧を棄却してみる。
事件一が前提条件となって、事件二が起こったと仮に規定してみると、どうなるか?
⑨当日出現したスタンドは、覚醒剤取引の現場であった可能性が否定できない。
⑩ホームレスはホットドッグではなく覚醒剤の売り子として雇われた可能性がある。
死亡原因は衰弱死とのことだが、口封じのために始末された可能性はまだ否定できない。
⑪ホームレスは、あるいは彼を雇った人間は何らかの理由で下村書記にボツリヌス菌を投与する必要があった。

――もし⑪が成り立つとすれば。スタンドを設置したのはどんな奴だろう?
営業主かその知人である神父と、ある程度つながりがあって。
或いは少なくとも、営業主がその日スタンドを出さないことを知っていて。
そして彼等から、もしくは何処かからスタンドを確保することが出来て。
下村書記が遅くなったとき、必ずホットドッグを買って帰る事を知っていて。
なおかつ、下村書記に毒を盛る必要性がスタンドを隠匿する必要性を上回っている人――

「……それって、どんな奴だよ?」
さっぱり解んねえ。
全くもって、探偵として駄目っぽい俺だった。
――甲斐さんは、何でよりによって俺を推薦したんだろう。
これからの事を考えると、今から俺は溜息をつかずにはいられなかった。

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