創作「A Change Of SeasonsⅠ」

-ChapterⅠ-


A Change Of Seasons


  人の子よ、我汝を立ててイスラエルの家の為に守る者となす。
  汝我が口より言を聴き我に代わりてこれを警むべし。
  我悪人に汝必ず死ぬべしと言わんに、汝彼を警めず、彼をいましめ語りその悪しき道を
  離れしめてこれが生命を救わずばその悪人はおのが悪のために死なん。
  されどその血をば我汝の手に要むべし。             
  されど汝悪人を警めんに、彼その悪とその悪しき道を離れずば彼はその悪の為に死なん。
  汝はおのれの霊魂を救うなり。
  また義人その義事をすてて悪を行わんに、我躓くものをその前におかば彼は死ぬべし。
  汝彼を警めざれば、彼はその罪のために死にてその行いし義事を記ゆる者なきにいたらん。
  然ば我その血を汝の手に要むべし。            
  然ど汝もし義人をいましめ、義人に罪をかさしめずして彼罪を犯すことをせずば、
  彼は警戒を受けたるがために必ずその生命を保たん。
  汝はおのれの霊魂を救うなり。
                    ――旧約聖書 エゼキエル書 第三章十七~二十一節

 

序章「Cracked Brain」


月の無い夜。
彼には、何が起きているのか理解出来なかった。
出来ぬまま、ただ逃げている。
いつもの帰り道だった。何もない、何も起きるはずもない、バイト先から家までの道。
だが、その何かは今、彼のあとをひたひたと追ってくる。
――走る。足をもつれさせながら、彼はひたすらに逃げる。
ビルの陰で用を足そうなどと思うのではなかった。
そのまま通り過ぎてしまえば良かったのだ。
そうすればあんなものを、血の色をした塊を、その上に覆いかぶさる何かを見ることも無く。
――そして、あれに見られることもなかったのに。
「は……ひっ」
息が続かない。だが、足音は消えない。
ひたひたと、ずっと途切れることなく、追って来ている――男には何故かそう確信できた。
走らなければ。
「……ひぃ」
加速しようとした瞬間足がもつれ、彼はアスファルトに倒れこんだ。
「ぜえっ……はっ……」
……足音は聞こえない。
何とか撒けたのだろうか?
彼はうつぶせのまま考える。
「はあっ……畜生」
なんで、俺がこんな鼠みたいに逃げ回らなきゃならない――俺なんか悪いことしたかよ、と思う。
やったことといえば、馬鹿な女を引っ掛けて遊んだりちょっと楽しくなるクスリを売ったぐらい。
とは言え、警察に駆け込むには躊躇があるし、そもそも交番が何処にあるのかも知らないのだが。
だが――俺が売人だからって――そう、それは殺されるほどの悪事じゃあない、と彼は思う。
大体、自分はまだ若いのだ。仮に人を殺したところで、名前が出る年齢ですら、まだない。
だからあんな奴に用は無い。
――そう、あんな、既に何人も殺してるという噂の――あんなイカレ野郎に関わる理由なんかない。
「……へ……落ち着けよ俺。ビビりすぎだっての」
奴がいくら勤勉だとしても――「仕事」を終えた後は俺みたいな奴を追っかけるより、まず現場から逃げ出すだろう。
だから足音は気の迷いで、もうここには奴は居ない――そう自分に言い聞かせ、彼が顔を上げたとき。

――目の前にあれが闇を背にしてうずくまっていた。
どろりとした闇がそのまま形になったような影。
その影の塊が、訥々と喋る。
「Good Will?」
流暢な英語。
一瞬で汗が引くのを感じた。
全身が恐怖で硬直する。
それでも何とか言葉を絞りだせたのは、彼なりになけなしの勇気を振り絞った結果だったろう。
「……なんだよ、手前ぇ!何なん」
――その先を続けることなく、彼の意識は断ち切られた。
「何か」が頭部の上半分を吹っ飛ばし、血と脳漿が後方に撒き散らされる。
「God bless to you,……Good night」
その影――いや、実体ではあるのだろうがどこか曖昧な輪郭のそれは、囁きと共に掲げた手をゆっくりと降ろす。
その手には、銃も刃物も、いかなる武器も握られてはいない。
――しかし、ならば一体何が、若者を瞬間の死に誘ったのか?
しばらく血溜りを見つめていた影は、やがて何かに納得したかのように頷くと、ひたひたと歩き去った。
――残されたのは、ただ血と肉片の海。
血溜りの中心には、顔を失ったまま膝をついた男の屍体。
そのシルエットは何処か、祈りを捧げる偶像のようにも見えた。

そんな短時間の惨劇から、数刻の後。
気配も無く足音も無く、いつのまにかその場を訪れた者が居る。
血泥の中の死体を、美術品を鑑賞する視線でしばし眺めて「――三十点」と薄く笑った後で。
彼は、目の前の事実をただ追認するかのように、闇に向かってそっと呟いた。
「これが狼煙代わり、と。いささか血生臭いですが……まあ、それもいつも通りですかね」
その言葉にはいささかの動揺も無く、むしろ酸鼻さを愉しむかの如き気軽さがあった。
彼は芝居がかった、無責任とすら聞こえる口調で続けて呟く。
まるで、闇の奥で聞き耳を立てる何者かに聞かせることを望むかのように。
「幕開けを見届けるとしましょうか。自動的なるデウス・エクス・マキナ――役者は御揃いですか?」
そして問いかけた相手を探すが如く、雲に覆われた夜空を見上げ、しばし眼を彷徨わせると――
その唇から紡がれたのは――一定のリズムで詠われる、言葉の欠片。
 
 我ら求めるは使徒に非ず信徒に非ず、然して魂の売買者に非ず。
 罪と祈りを等しく受容する者、贖罪の贄にして贄を喰らう者なり。
 我ら仰ぎ観るは神に在ず神の子に在ず、人に顕れず人の子たる者。
 地に留まりて人を救い、滅びに留まりて綻びを縫い止める者――


皮肉を微かに滲ませ、見えざる造化者にそっと囁くと、彼はかぶりを振る。
――その言葉が周囲に溶けて消える頃、彼の姿もまた忽然とその場から消え去っていた。


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