創作「A Change Of SeasonsⅥ」

-ChapterⅥ-

第二章「Hell on high heels」

――胡桃割りとの戦いから数日の後。事務所宛に一通のメールが届いた。
記されたのはただ一行、匠の知らない電話番号。
少し考えて、かけてみる。
きっちりコール三回で出た。相手の言葉を待たずに、匠は言葉を投げる。
「胡桃割りの上司か?」 
電話先の声に意表を突かれた様子はなかった。むしろ面白がっているかの口調で返される。
「察しが良くて助かるよ、『アバドーン』――一度、会わないかね?」
そうさらりと告げた人物は今、匠の眼前十数メートルの位置に立っている。
米軍基地拡張用地として接収された埋立地の一角。横須賀港からもさほど遠くない。
成程――ここなら「カンサス」から人を動かすにも都合良かろう。
「……こういうステージを用意してたとはな」
呼び出されて来ては見たものの、予想外と言うか予想以上というか。
まあ、確かにここなら多少派手な真似をしても邪魔は入るまい。
「今日はまだ準備中だね。公演は主役の女優が来ないと始まらない」
「脇役の男で悪かったな」
「最も――君なら主役を食っても不思議ではないがね、『アバドーン』」
「俺はただの柊匠だ、リア師。その名も信仰もとうに棄てた」
聖フランチェスコ修道会カリフォルニア支部巡回司祭・ヴァーソロミュー・リアは表向きの姿。
スティグマタの十二使徒が一人――聖バルトロマイ。
匠は過去に遠目ながら見た記憶があった。
「おや――お見知りおきを、と言う予定だったのだが。いやはや、以前会っていたかな?」
「あんたのことは知ってるよ――『ナタナエル』の名を継ぐ者として、な」
「ほう――それはかなり昔の話だね。今の私は使徒として合衆国におけるステアウェイの後見人を務める身だよ。今日は、そうだな――公演の前の御挨拶、という所だね」
「挨拶ね……先触れにしちゃ、お粗末な奴をよこしてくれたじゃないか、ええ?狂信者でサディストでおまけにネクロフィリアときた。三重にロクでもないね」
畳み掛ける。葉月たちの事を考えると、もっと毒を吐き出してやりたい気分だった。
「――まあ、あんたたちの神様には似合いだろうがな。信仰強制、奴隷化、異端の虐殺。どっちにしても三重苦だ」
「かつては君の神でもあった筈だよ、柊匠――ふむ、偽悪的だね、悪くない」
リアはさほど堪えた様子もなく苦笑する。
「確かに、弥生嬢の能力を測るためだけの駒とはいえ、彼が優秀でなかったことは認めよう。だが忠実な枷徒ではあった」
「無辜の民を殺すことが任務なら、奴は確かに優秀だったと褒めてやるよ。――なあ、奴は『ヨシュア』の人間だったのか?」
「贖罪者イザヤ」における第四の部隊――謎めいた「ヨシュア」の構成員は枷徒が大部分、と聞いたことがある。
彼らはその境遇故にこそ一層狂信的になり、その歪められた信仰故にしばしば戦場において暴走する、とも。
聴いた当時は、成程、それが事実なら隠したくなるのも無理はない、と思ったものだが――いざ関わってみると苦い怒りしか湧いてこない。
彼は肩をすくめる。大仰な仕草は成程米国人らしいが、どこかわざとらしく写らなくもない。
「正確には『元』というべきだろうね。刑務所から拾った当初から仕事熱心な男ではあった」
「――仕事、ね」
「ともあれ、知人を亡くされたのはお気の毒だった。彼には人間の屑だけを狙うように教育しておいたのだがね――」
葉月の兄の事を思い出す。
少なくとも、屑と呼ばれるような男ではなかった。
何より妹を守ろうとしたし、たとえ未熟な形であっても彼なりの使命感を持っていた。
彼らの価値観においては、太一は屑なのかもしれない――しかし、だからこそその言葉には毒で返したくなる。
棘だらけの口調で匠は皮肉を述べた。
「敬虔なキリスト教徒には日本の一般人はほとんど屑に見えるのかな」
「それもまた、否定はしないよ。しかし君の言葉は直線的にすぎるね。自らも贖罪者である者の言葉とは思えない」
「――なら、使徒であり贖罪者であるあんたは、どう思うんだ?」
「異なる価値観は共存できる、というのが私のモットーだ」
「心から共感するよ。それを言うのがあんたでなければな」
「ありがとう。しかしながらAJ――アメリカン・ジーザスの価値観は別のところにある。大風呂敷と綺麗な嘘で醜く巨大な真実を包みこむのが得意なのが彼等だ。行いと現実に齟齬があっても恥じることなくそれを推進するし、都合の悪いことを彼等が公開することは決して無い。そして今の私はAJの価値観と共存している。そういうことだよ」
本気なのか演技なのか判別し難いまま、彼は韜晦する。
「いずれにせよ、ステアウェイのステージに立つつもりなら、朝の弱い役者には音の大きな目覚ましが必要だ。君たちを起こすためにも、彼のような存在は必要だったとだけ言っておこう」
「……有難う、とはとても言えないな。礼が欲しいなら一つ聞かせてくれ――あんたが担当する聖別者と、その介添人について」
ふむ、とリアは顎に手を当てて考えるそぶりを見せる。
「構わんよ。隠す事でもなし――さて、介添は極東米軍全てと言いたいところだが、まあ規定通りだよ。君の元にも夜羽から資料が届くはずだ。せいぜい枠は有効に使いたまえ」
最も、弥生嬢は君以外の介添人を拒否したと聞いているが、と彼は最後に付け加えた。
嫌味な男だ――しかし、やはりこちらの情報は筒抜けに近いらしい。
「いずれにせよ介添人はあくまで補佐役。聖別者の戦場において助勢可能とは言え、最終的に勝敗を決めるのはあくまで聖別者が振るう拳であり剣だ」
見方を変えれば、引金を引くのはあくまで聖別者の意志であって、介添人は所詮銃であり剣であるにすぎない。
「その意味では、むしろ君が行うべきは戦いより心のケアなのだろうね――しかし、この程度の戦力差を気にするとは、ゼカリヤ最強の贖罪者と呼ばれた『アバドーン』とも思えぬ気弱さではないかね?破壊者にして奈落の王、疫病と蝗の主――」
「……その名を呼ぶな、『ナタナエル』。あんたが既にその名を喪ったように――今の俺にその名は相応しくない」
リアは平然と笑う。その余裕が憎たらしい。
「――これは失礼。いずれにせよ、我々の子等も近いうちにお披露目することになるだろう。弥生嬢との対戦、楽しみにしているよ――この場所で」

AJ――アメリカン・ジーザス。
それは合衆国の退役軍人互助会と南部を中心に根を張る聖書原理主義者たち、そして彼らが中枢に食い込んでいる軍産複合体が後援する「武装せる信仰者たち」の総称である。
AJと言う組織は公式には存在しない。それは軍の中に、教会の中に、あるいは政府や企業内部に偏在する、書類として残されることのない集会であり会合であり合意である。彼等はあらゆる所に出没し、軍事力と権力、時には国家すらも自らの理想を実現するために躊躇無く用いる。
よって、スティグマタと彼等が結託したのは至極当然のことではあった。しかしAJは同時に、その性質上決して一枚岩には成りえない存在でもあるが故、スティグマタとの関係は常に愛憎半ばするといったところなのだが――ヴァーソロミュー・リアは現在のところ、利害調停者として上手く立ち回っていた。
さて、匠が帰った後の「カンサス」内部の電算室。
リアの傍らで、一人の少年がモニターを凝視している。
「さすが最新の偵察衛星てとこ?クリアだね。地上カメラはいくつ?」
「三十六配置したが、実際に機能したのは七割ほどかな」
「充分じゃない?よく撮れてる……可愛い子だね。アジアの純真ヤマトナデシコ、ってとこ?」
少年が見ているのは胡桃割りと弥生の映像だ。先日の戦闘が様々な角度から再生されている。
中には明らかに頭上の遥か彼方から撮ったと思しき映像もあった。
楽しげに金髪の頭が揺れる。リズムを取りながら格闘シーンのチェックを続ける。
「でも、ぼくより年上には見えないな。それに戦ってる時の目は寂しそうだ。格闘はあんまり好きじゃないのかな?」
眼鏡をかけ、頬には僅かにソバカスの残る少年はそう語る。
「――で、君ならどう戦う?レイン。支援はいくらでも付けるが」
「アーミーもネイビーも要らないかな。邪魔だけ入らないようにしといてほしい――このおじさんも含めて、ね。アバドンだかマストドンだか知らないけど」
「ふむ。考えておこう」
かつての柊匠――「アバドーン」を本気で止めるなら、海兵隊の精鋭一個小隊でも足りるまい。
しかし、幸いなことに匠は以前の匠ではないし――この船に乗っているのは、只の兵士だけではない。
少年はVTRを見続ける。
「素手で戦うんだ――凄い足捌き!まさに東洋の神秘だね」
「神秘かどうかはともかく、優れた体術ではある。彼女の能力の見当はつくかね?」
当然ながら、聖別者ごとの能力については予め秘匿されている。いくつかの例外を除けば、互いが戦うときがその能力を知るときになるはずだった。
故に、開催地が日本と決まった時点で先に胡桃割りを送り込んだ訳だが、彼は弥生の情報収集に際しては相応の成果を挙げたと言って良い。民間人の犠牲は正直予測を上回ったが、目的が達成された以上AJとしてはまず満足できる結果である――匠に告げた通り。
それが例え、胡桃割りの個人的な嗜好を能力の安定的な発現を重視した故に放置した結果だとしても。
――では、リア自身としては?それも、告げた通りだ。
自ら手をかけておきながら、それを否定するのは偽善に更なる偽善を積み重ねるだけのこと。
所詮、自分にも彼らにも、後戻りは許されないのだから。
「……リア師?聞いてる?」
ああ、何か判ったかね?と尋ね返す。つい散漫になっていたようだ。
「ちぇ……疲れてるんじゃないの?で、ココだけど」
拡大画像を指差す。血液弾の方向が無理やりに変えられている――と彼は言う。
「弾を肌に触れる直前、あるいはその瞬間に弾いてる。無効化か反射が能力の根幹じゃないかと思うけど、付与か強化、もしくは加護の可能性もあるね。反射だと少々厄介だけど、飛び道具無しなら対応策はあるかな――彼女の聖遺物は何だっけ?」
「確か、トルコのとある司教が持っていた鈴、ではなかったかな」
「……ひょっとして、トナカイに乗ってる爺さんの持ち物?空でも飛ぶのかな」
「さて、そこまでは私も知らない。聖パトリックの伝説と君の残響の質に直接関係がないように、必ずしも仮胎する遺物と能力がリンクしている必要はないからね。君については本来『聖ブレンダンの竜骨』辺りを予定していたのが、アイルランド教会が手放すのを拒否したので変更した、という経緯があるが」
「だってねー。ま、ぼくは聖パトリックのお話も好きだから、別に問題ないよ」
「それは重畳――彼女に話を戻せば、仮胎前の資料によれば二度足の手術を受けている。遺伝性の肉腫だったようだ」
「へえ……あの動きからはそんな風には見えないね。今は健康体?」
「確かに見たところ、後遺症は無いようだが」
「聖遺物のせい、かも?」
かもしれない、とリアは答える。少年は知らず肩に手をやった。彼の聖遺物たる聖パトリックの遺骨――別名「ウィッシュボーン」はそこに埋めこまれている。あまり気分のいい話ではなかった。
彼女が得たのは力か、それとも枷か。自分が得たものは――何だ?
「ふーん……彼女もいろいろ背負ってるね。ぼくとは大違いだ」
「自分を卑下するものではない。それに、背負うものが大きいからとて、今強いとは限らない」
リアの言葉に少年は頷く。
「ぼくが勝てば、友達になってくれるかな?でもこのおじさんは――邪魔だな」
殺っちゃおうかな――と呟く少年に気づかぬふりをしてリアは語りかける。
「勝てるかね」
当然、という顔で少年は笑う。
「ぼくの雨は、そう簡単には弾けないと思うよ?」
少年の優れたところは、恵まれた環境によって与えられた情報の奔流に幼いころから馴染んでいることによる「必要な情報を見極めんとする姿勢」とそこから得た優れた情報解析能力にある。そして、米国の軍事力・諜報力と結びついていることで膨大な情報を扱うことが可能な「アメリカン・ジーザス」においてこそ、彼の能力は最大限に発揮される。
他の二人、いや今回の参加者たる残り十一名と比較してもその分析力は突出しているとリアは見ているが、これは贔屓目だろうか?
「次は地上カメラも増やそう。必要ならば『テウタテスの矢』も軌道上に待機させるが」
「要らないよ。時間帯を選ぶのも面倒だし。他の二人に使ってあげたら?」
「そうかね?強がりではなく?」
必要ないと少年は笑う。が、その後思い出したのか、ああそういえば、と一つ条件をつける。
「機関銃装備で一分隊、バックアップにつけてもらおうかな。彼女が雨に濡れるまでは、ぼくは傘を差し出すわけにいかないからさ」
リアも頷く。距離を確保したいということだろう、と了解した。
「カンサスの海兵隊に任せよう。介添人の相手については私が用意しておくよ」
よろしく、とそれでもう彼は匠に関する興味を失ったらしい。
「彼女とのデートはいつが良いかね?カレンダーはいつも雨、と言うことになるが」
「いいこと言うね、リア師。でも今月はちょうどいい行事があるじゃない?天気は雨でも、ハレの日には違いないでしょ」
リアも気づいた。ふむ――と再び頷く。確かに緒戦には相応しい日だ。
「いかんな、世俗に心を向けているとアドヴェント・カレンダーも忘れてしまう」
良かろう、とリアは笑う。
「復活祭の日に、我々の烽火を上げるとしよう。そしてステアウェイの開幕に、彼女の敗北と我々の勝利を捧げるとしよう」
――燔祭の贄として、これ以上相応しいものはない。

葉月の住所は、弥生が以前聞いていた。
繁華街と住宅街の境目にある、古びたアパートの一階。
外側からでも親子三人が住むには手狭ではないか、と大体想像はつく、そんな建物だった。
「……お越し頂き、ありがとうございます。兄の生前は……」
疲労の滲む声だった。焦点の定まらぬ眼で型どおりの挨拶を聴き終えると、匠は短く用件を告げる。
「……焼香させてもらえるだろうか」
相手が匠であることに気がつくと、彼女の表情がさっと強張った。
恐らく内心の動揺を抑えているのだろう、匠を睨んだまま葉月はゆっくり言葉を吐き出す。
「……入って」
慎ましい仏壇の前で匠が手を合わせる間中、葉月は立ったままその背中を見ていた。
「今日は、お母さんはどちらに?」
「……仕事よ。何日も休んでられないってさ。はっ。兄貴が死んでも、あたしたちは変わらないスケジュールで生きてるのよね。何でかしら……何で、死んじゃったんだろ」
葉月に涙はない。そこにあるのは、むしろ……怒り。
匠は答えない。
「……何故、あの殺人犯はこの街に来たの?何故、アンタたちはあれが化け物だって知ってたの?何故、アンタたちはあの化け物と戦って、勝てたの?」
「……」
「アンタたちには、最初から判ってた」
「……ああ」
「判ってたのよね?知ってたのよね――兄貴があれと会ったら、ああいうことになるって」
「……警告はしたはずだ」
「そうね。はっ……あたしは確かに聞いてたのよね……あたしの責任なんだ」
「お前が責任を感じることじゃない」
「じゃあ誰の責任なのよ!」
「お前が責任を求めるなら、それは俺にある」
ぎろり、と葉月は匠をにらみつけた。
「俺に、お前たちを囮役にして奴をおびき寄せようという気が無かったとは言えない」
意思は無くても、結果そう機能した。ならば、その責めを負うべきは、この自分だ。
「!」
「見捨てる気は無かったが、結果的に間に合わなかった。そういうことだ」
「この……!」
ぱあん、と頬が鳴った。匠は眼をそらさずに続ける。
「俺たちの事情が、お前の納得に必要なら説明してもいい。だが、お前はそれを知らないほうが幸せだと思う」
葉月は聞きたくないというようにかぶりを振った。
「勝手に役を振って舞台に立たせて、用が済んだら首にするの?はっ……」
「第二幕に行けば、もう戻れない。お前はまだ、この家に、母親の所に戻れる」
「……」
「弥生には、何も責任はない。俺を憎めるだけ憎めばいい――だが、あいつのことは、憎まないでやって欲しい」
「……帰って」
「…………」
「もう、帰ってよ……」
無言で、匠はその場を辞した。
背後で閉じられた扉の音は、どこか弱々しかった。
「贖罪者……か」
匠は長い吐息をつく。
――全く、酷い欺瞞だ。
どこに居ようと、何をしようと、罪だけが積み重なって。
贖う術など――どこにも、見当たらない。


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