創作「A Change Of SeasonsⅩⅤ」

-Another Chapter:Days of December Flower-

ニューヨーク。
かつてグラウンド・ゼロと呼ばれた区域周辺の歩道上。
鉛色の空を見上げる男がいた。
黒いインパネスに薄いレンズの黒眼鏡。インパネスの中には神父服。
どことなく夜羽を思わせるいでたちだが、男には彼女にはない特徴があった。
その頭には一本の頭髪もなく、そして後頭部には引き攣れたような大きな傷痕が首から更に見えぬ背中まで続いていた。同じ坊主頭でも真理王とは違った意味で、聖職者に見えない。
正直、異装の多いこの大都市でも目立つことおびただしい。通行人も気づくと一度は必ず振り返るがその後は首を振りつつ立ち去る。
その傍らには、赤茶色のコートを着た子供が一人。
大きめの筒帽子の中に金髪が押し込まれ、はみ出た分が後ろに黄金の波を作っている。
顔は帽子に隠されて見えない。
「……むん?」
坊主頭が胸から取り出したのは携帯端末だった。同時に溢れ出したのは
「Aryavalokitesvarobodhisattvogam.bhirayamprajnaparamitayam…」
梵語と思しき経文の朗読。道行く人が驚いて視線を投げる中、彼は落ち着いて音を中断する。
どうやらメールの着信音だったらしい。
内容をチェックした後胸にしまうと、男は子供に話しかけた。
「速やかに日本に来よ、とのことだ。どうする」
「――にほん?」
「左様」
「ころすの?」
子供の口調はほとんど何の感情も表していない。
歓喜、恐怖、怒り、悲哀、あるいは混乱。そのどれでもない。
あるいはその全てなのかもしれない。
「お主がそうするつもりならば」
「ならば?」
「そうなる」
数秒の沈黙。
その間、子供の足元では不可思議な現象が起きていた。
砂粒が、不規則に文様を描く。
風でもなく、生き物でもない。
例えるならいくつもの磁石で砂鉄をかき回すような。
あるものは渦を巻き、あるものは跳ね踊る。
「おもしろい?」
トーンが少しだけ変わる。だがそれは「関心」程度の揺れ。
少なくとも、口調にはっきりした感情の発露は伺えない。
「――さて」
男は反応に頓着せず続ける。口調からは会話自体を面白がっているように見えなくも無いが、それでも男の表情はほとんど動かない。
「お主がそう思えば、そうなる」
さらに沈黙。
男はただ待っている。その間も、砂粒は踊る。
まるで誰かの心の動きをなぞるかのように。
子供は考えているようにも、何かのきっかけを欲しがっているようにも見える。
男はややあって一枚の硬貨を取り出した。
アメリカの貨幣ではない、古びた銀貨。表には彫刻めいた男の横顔が刻まれていた。
「――コインで決めるか」
「こいん?」
「表なら行く。裏なら行かない、ではどうか」
「それで、いいのか」
「お主が決めぬなら、どちらかに決めねばな」
「――もうすこし」
「時間切れだ」
わずかに不満そうな色を見せて、子供は上を向く。
帽子の下に隠れていたのは、大きな碧い眼と、小さな鼻と唇。
「――ハナは」
「むーん?」
少女は手を伸ばし、男のコートを掴む。
「ユダと、いっしょに、いく」
「ゆくか」
「行く」
「では、そうしよう。跛行のデメテル――或いはその娘に会いに」
「?」
少女はただ首を傾げる。

 ――楽園より遠く離れ彷徨う女神よ、何を望む。
 そは言葉(ロゴス)――或いは知恵(ソフィア)、復は欲望(テレイトス)の故か?


男は呟く。少女に半ば聞かせるように。銀貨を握る指を、一本ずつ開いてゆく。

 ――しかして、卵は誰が為に孵る。
 そは名付けられざる双貌の神――或いは無にして神ならざる何かの為か?


その声はその場に居ない何者かを喚ぶ祝詞の如く、奇妙な韻律と余韻を伴っていたが。
「――それもまた、良し」
次の瞬間、千切れた雲のようにその残響は姿を変え――散じた。
ユダ――十二使徒・神無月遊陀は、銀貨を指で弾くとそのまま空中で手の内に掴み取る。
表裏を見せることなく、閃きは消えた。
「――きざ」
「むん?」
ぼそりと呟いた少女の言葉に遊陀は気づいたか、どうか。
彼らが去った後、ほどなく空からゆっくりと雨が落ちてきた。
――冷たい雨だった。
雨は砂粒の文様を、さほどの時も要さず洗い流していった。
  
 天より
 雨くだり雪おちて復かえらず。
 地を潤して物をはえしめ 
 萌を出ださしめて播くものに種をあたえ
 喰ふものに糧をあたふ
 如此わが口よりいづる言も
 むなしくは我にかへらず。
 わが喜ぶところを成し
 わが命じおくりし事をはたさん。
 ――旧約聖書 第二イザヤ書 第五十五章 十~十一節



A Change Of Seasons――First Season's End.




To Be Continued……

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