創作「桃泉学園事件簿(6)」

書いた本人も中身を忘れるくらい放置しておりましたが、ぼちぼち再開したいと思います。
ペースは例によって不定期ですが、よろしゅうに。


「平田護」

 平田護は桃泉学園の生物教師である。
 学内の散歩は毎朝の日課だった。
 一口に学内と言っても、桃泉学園の敷地は以前述べた通り、ひたすら広大である。
 後背の山麓にそのままつながる森は鬱蒼と茂り、生徒の立ち入りは禁止されていたし、敷地の端に存在する人工湖の周辺ですらうかつに迷い込めば普通に遭難できるレベルだった。さすがに熊や猪こそ見ないが、マムシや鹿は湖の周辺でも頻繁に目撃されている。
 しかし、平田にとっては湖をぐるりと巡る林道の散歩は文字通り朝の楽しみだった。
 後数年で定年を迎える、初老といってよい年齢の彼だったが、その足腰は矍鑠としたものだ。 
 家から来るのに使った自転車を湖畔に置いて、一時間近くかけてゆっくり森の中を歩く。
 そんな彼でも、その小道に気づいたのはあくまで偶然だった。
「……はて」
 湖に流れ込む小川、そこにかかるコンクリの橋のたもと。
 先日降った雨で土砂崩れでも起きたのだろうか。
 なにやら風景が普段と違って見えた。それ故に気づいた。
「こんなところに獣道があったかな」
 普段は草で隠れていたのか――いや、違う。
 隠されていた、のだろう。
 土砂と一緒に草が流れたせいで、普段見えない部分が逆に見えるようになっているのだ。
「……ふむ、下りてみるかね」
 幸い、すでに土は乾いているし、授業まで時間はまだある。
 いままで、この場所から小川の縁に降りたことはない。
 普段見ることのない昆虫や生き物が見られるかもしれない――そんな期待があった。
 しかし、獣道を下り始めてすぐ、彼は異変に気づいた。
「――なんだ、この臭いは?」
 獣臭。いや、そんなものでは収まらない――腐臭。
 ヘドロの臭い――いや、違う。
 これは。
 死骸の――臭いだ。
 平田とて、二人の行方不明者の話は知っている。山狩りにも参加した。
 当時、この地域を調べたのは誰だったか――そんなことを思いつつ、平田は道を下る。
 川縁に出たところで、臭いの発生源は明らかになった。
「防空壕、か?こんなものがあるとは聞いておらんが……」
 川縁の岩盤、増水時にはぎりぎりまで水が来そうなそんな場所に、ぽっかりと穴が空いていた。
 腐臭は明らかにその中から漏れ出してくる。
「……やむを得んな」
 兎や野犬の類であれば良いのだが。
 ゆっくりと穴を覗きこむ。
 しゃがめば何とか奥まで入って行けそうな大きさだった。
 刺すような異臭に、眩暈を覚え――彼は震える。
 正直なところ、うっちゃって散歩に戻りたいところではあった。 
 どうしても気になるなら、捜索隊を組織して改めて来ても良いのだ。
 しかし、彼は生物教師である。
「……これは、他の誰より、私が見なければいけないものだろう」
 彼なりの教師としてのプライドがそう命じた。
 どうせ懐中電灯も持っていない以上、光の届く範囲でしか目視できないのだ。
 その程度の手間を惜しむ理由もない。
 暗い――暗い洞穴の中へ、彼はゆっくりとかがんで入っていく。
 
 ――結論は、あっさりと出た。
 洞穴は入り口から五メートル程度で終わっていた。
 その一番奥の壁に、もたれるように。
 桃泉学園の制服を着たそれが、彼を待っていた。
 そして腐り落ちた顔の隙間から覗く、眼窩の奥で蠢く何か。
 
 ――蛆の塊だった。

「う……うわあああああああっ!?」
 
 ――さすがの平田も怖気をふるう光景だった。
 とは言え、洞穴から逃げ出すまでに三回ほど頭をぶつけたものの、橋まで戻って来たときにはすでに落ち着いていたのだが。
 動悸を押さえつつ、彼は今見た光景について考えてみる。
 制服は、高等部の制服だったように見えた。すなわち――
「……いや、あとはしかるべき機関に任せるべきか」
 予断は禁物。彼は生物教師であって、生物の死体はいくらでも見てきているが、人間の死体は思った以上に精神的にきつかった。それでも他の生徒や教師が見るよりはましだったかもしれないが――今の自分が冷静さを欠いていることは自覚している。
「――とりあえず、電話せんとな」
 学園敷地内は全て携帯電話の通話範囲だが、森の中はその限りではない。
 とは言え自転車を置いた辺りまで戻れば、恐らく通じるだろう。
 溜息をついた後で、一度だけ、逃げてきた場所を振り返る。
 洞穴は、橋の上からでは全く見えなかったが――平田は、静かに一度手を合わせてから、その場を去った。
 

「篠森雛乃」

 朝食を終えたところで、その連絡は届いた。
「おはようございます、会長。今職員室に呼び出された所なんですがね」
「――あらあら。朝から入江君は何をやらかしたのかしら?」
「私は何も。ご期待に添えず申し訳ありませんが」
 入江の口調からはいつもの軽さが欠けていた。
「教頭からもその内連絡はあると思いますが、とりあえず先にご一報を」
 そのトーンから雛乃も悟る。
 ――それはいずれ来るかもしれない、と思っていたもの。
 その中で最悪なニュースの一つ。
「……教えなさい」
「うちの女生徒とおぼしき死体が、森から発見されたとのことで」
「……山狩りの時は見つからなかったのに?」
「灯台元暗し、ですかね。西の流れ込み周辺に隠された洞穴があったそうで」
 湖周辺は平田を例にするまでもなく、比較的人の出入りは多い地域である。
 死体を捨てる場所ならば、もっと相応しい場所がいくらでもある――それは確かに事実ではあった。
 既に警察には連絡済みだという。
「会長は理事会を招集されますか?」
「恐らく、そうなるでしょうね――で、どっちなの?」
「まだそこまでは。但し、発見者の平田先生によれば、制服は高等部のものらしく見えた、と」
「――そう、わかったわ。私もすぐ向かいます」
 通話を終えた雛乃は、一瞬だけ眼を瞑り――ゆっくり息を吐き出した。
 再び眼を開けたときは、既にいつもの彼女に戻っている。
 側に控えていた執事に命じた。
「理事会メンバーに緊急招集を。会議は――そうね、午前十一時からにしましょう。欠席は認めません。後、景には直接生徒会室に向かうようにと連絡を」
「かしこまりました、お嬢様」
 執事が去った後、雛乃は窓の外を――その先を睨み付けるようにして、呟く。
「負けるものですか――」


ぼちぼち続きます。

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