創作「いつでも君は、僕より優しい。(prologue)」

「空(caelum)」

「――樹、そろそろ時間」
「むー? まだ飲みたりないですよ?」
 僕の視線の先には、一人の少女。
 車のボンネットの上で体育座り中。
「……もう充分飲んだろ。それ何本目だよ」
 足元には三百ミリリットルのペットボトルが散乱している。
「あと、その車には傷付けないようにね」
 僕らのじゃないし。
 もう遅いかもしれないけど、一応注意。
「うー。まだ電解質が足りないのです」
 色の薄い、さらさらの髪。さらに薄い肌色。
「樹、これから行く場所、覚えてる?」
 ――水色の眼を僕に向けつつ、彼女は首をかしげる。
「うー? ……確か、喫茶店だったと思うです」
 はい、良く出来ました。
 彼女の頭脳は残念ながらあまり良く出来てないけど。
「樹の好きなカルピスもあると思うよ」
「でも、無いかもしれないです?」
 まあ、行ったことない店だからその可能性も否定出来ないけどね。
「無かった場合に備えて飲みだめしておくです」
 人間の身体はそういうふうには出来てないと思う。
 重ね重ね残念な頭脳。
「そうなのですかー」
 どよどよと落ち込む彼女。
「……帰ったら作ってあげるよ」
 ぱあっ、と花が咲いたように明るくなる彼女。
「おおおオレンジもピーチも却下ですがよろしいか?」
 うん、とりあえず落ち着け。
「いいよ。樹の好きな普通のカルピスをね」
「……むー、仕方ないです。しょくむをたいぜんとうけいれるです」
 ふわり、とボンネットから降りる。体重が無いかのように軽やかな動作。
「難しい日本語は正しく覚えてから使おうな」
 たぶん脳も羽のように軽い。全くもって残念。
 ――まあ、それはさておいて。
 空を見上げた僕は、光の眩しさに眼を瞑る。
 一緒になって上を向いた彼女は、意に介さず蒼穹の向こう側を見つめている。
 何が楽しいのか解らないけど笑ってるのは、いつもの事――だ。
「……行こうか、樹」
 そう言う僕は小さく息をついて。
「はいです、周」
 答えた彼女は大きく息を吸い込んで。
 一緒に歩き出す。
 彼女は僕のつま先の前に。
 僕は彼女の薄い影の中に。
 それは二人のいつもの立ち位置で。
 緩くて心地良い、無慈悲で残酷な束縛。
 言い訳のしようもないほど悲惨で、言葉に出来ないほど優しい。
 ――そんな関係が、僕らだ。
 
 

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