創作「いつでも君は、僕より優しい。(1)」

ChapterⅠ

 十二弟子の一人、双子(ディディモ)と呼ばれるトマスは、イエスが来たとき、彼らと一緒にいなかった。
 そこで、他の弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。
「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をその脇腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」
 さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。
 戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。
 それから、トマスに言われた。
  「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしの脇腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
 トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。
 イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

                       ――ヨハネによる福音書 第二十章 二十四―二十九


1.Invictus

「やあやあやあ――周(あまね)君と樹(いつき)ちゃん、だよね? 久しぶりだねえ――」
 元気そうで何より、と甥や姪にしばらくぶりで会った遠い親戚のように、わざとらしく喜んでみせる目の前の男は勿論僕たちの親戚じゃない。
「まあかけたまえ。ボクたちはもう注文してしまったから、君たちも好きな物を選ぶといい」
 両手をひらひらへらへらと振る仕草も、良く通る軽い声も、薄笑うその表情も、眼鏡の奥から細く覗く眼光も。
 その全てがうさん臭い――実際、これでよくヘッドハンターが務まるものだと思うくらい。
 SSU(究極統計協会)人材開発部主管――舞旗狗楽(まいはたくがく)。
 仮に僕が買われる価値のある人材だとしても、正直彼に自分を売り込んで欲しいとは思えない。
 よほど差し迫った事情が無い限りは。
 僕は彼には返事をせず、奥の椅子に腰掛けてから同行者を促す。
「――樹、座ろう」
「はいです」
 ちょこん、と僕の隣で椅子の上に正座する彼女。
 それでも頭の高さは僕とあんまり変わらない。
 僕は彼と、樹は彼の隣の金髪女性――隙もないその外見からすると、秘書かその同類だろう――と向かい合う形になる。
「――ふう、相変わらずつれないねえ。ボクたちは一緒に艱難辛苦を乗り越えた仲じゃなかったかい?」
「過去にあなたと会ったのは一回きり。そして当時、僕と樹が苦しんだのは確かですが、その原因を作ったのは他でもないあなただったと記憶していますが」
「おやおや、なんてことを言うんだね君は。あのときはボクだって死にかけたんだぜ?」
 確かにそれは事実だけど、僕の認識が変わるわけはなく。
 彼、舞旗狗楽は愉悦を味わうためなら、自身を危険に晒すことを一瞬たりと躊躇わない人間なのだから。 
「――お客様、ご注文はお決まりでしょうか」
 絶妙のタイミングでウエイトレスが口を挟む。舞旗の発言は聞かなかった振りをしつつ、あとで厨房の話題にするのだろう。僕はコーヒーを、樹はカルピスソーダを頼む。
 飲み物を待つ間も、舞旗は薄笑いを貼り付けたまま話を続ける。
「ボクたちは大陸で様々な事業を進めているんだけど、最近少々困っていてね」
「……その話は、僕たちに関係あるんですか?」
「大ありさ――まあ聞いてくれ」
 ――曰く。
 彼らSSUは所謂「異能遺伝子(モンストロ)」を常日頃から追い求めている。
 それは一代限りの存在である陽性異能者達を人材として集めるだけでは飽きたらず、自前で異能者を生産し、管理し、独自商品として売り込みたいがための社是だ。
 表向きエリクシル財団の一外部団体に過ぎないSSUだが、ジーントレーダーとしてのシェアは世界的に見てもUBCやEePSAに次ぐものだし、アジアでは常にレースの先頭を走っている。
 当然、舞旗はその先鋒として世界各国を飛び回り、優秀なモンストロを持つと思われる異能者を漁ってはある時はスカウトし、ある時は脱法的手段を用いて遺伝子を手に入れてきた。
 他ならぬ僕や樹もかつてそのターゲットとなったし――いや、恐らく今も全く諦めてはいない筈だ。
 そんな彼が今狙っているのが、中国奥地の少数民族に残るモンストロだという。
「――で? 誰かから妨害を受けたわけですか」
 残存戦争(サバイバル・ウォー)以降、かつての超大国たる中国は未だ混乱の巷にある。
 大幅な人口の減少に加えて地方に軍閥が群雄割拠する、何世紀も世代を巻き戻したかのような状況。 
 その中で、ただでさえ弾圧を受けてきた少数民族の血脈は確かにより稀少なものとなっているのだろうが――
「うむ――周君は『反駁者(エイレナイオス)』という団体を知っているかね?」
「……教皇庁によって陽性者の信仰維持と信徒再編のために作られた団体、でしたっけ」
「ほぼ正確な知識だ。そしてその内実は陽性異能者を数多く抱える現代の『教会の剣』――これも知っているかね?」
 一応、組織の研修で聞かされたことはある。
 大航海時代におけるイエズス会士のようなもの、だったか。
 その目的はまず、陽性者(ソリチュード)と陽性異能者(インヴィクトゥス)の信仰を維持する事。
 及び、異教の地における陽性異能者を一人でも多く改宗せしめる事。
 そして改宗かなわず、教会と対立する信条の持ち主と彼等が認定したモンストロ保有者を――絶滅させる事。
 そもそも「インヴィクトゥス」は現在、陽性異能者を表す一般的な呼称となっているが、この呼称を最初に使い出したのは彼ら反駁者たちだった。
 故に、彼らは正統と認定された「彼らと同じ信仰を持つ異能者」のみをインヴィクトゥスと呼び――それ以外はすべて、怪物(モンストロ)――あるいは単純に異端と呼んで排撃する。
「――そのエイレナイオスが、SSUの邪魔をしている、と」
「そういう事。僕たちが西安周辺でモンストロのスカウトに勤しんでいたら、いきなり彼等が出張ってきてね。どうせ軍閥の誰かが改宗を餌にして、傭兵代わりに呼び込んだのだろうと思うけどねえ――おかげで大赤字だよ」
 地方の支所や研究所がいくつか、既に潰されているらしい。
 まあ、SSUの職員にとっては災難だろうけど。
「でも、それはあなたたちの問題でしょうが」
「まあ聞きたまえ。エイレナイオスには『聖トマスの真珠(ペルラ)』と呼ばれる連中がいるんだが」
「――聞いた事の無い名前ですね」
 エイレナイオスは四大使徒にならって四つの師団に分けられている――という。
 曰く「聖ヨハネの鷲(アエトス)」「聖マタイの舌(グロータ)」「聖ルカの牛(タウロス)」そして「聖マルコの獅子(レオン)」。
 名称がギリシャ語読みなのは「エイレナイオス」の本部がローマではなく小アジアのアンティオキアに置かれているため、だとか。何故そんな場所なのかについては残存戦争後、東西教会の融和が進んだ結果らしいが、実際の所どうなのか僕は知らない。もともと宗教の話にはそんなに詳しくないのだ。
 そもそも聖トマスって誰だっけ――と、いつのまにか目の前で湯気を上げているコーヒーをすすりながら僕は乏しい記憶を検索してみる。十二使徒の一人、だったっけ?
「『真珠』は『鷲』の内部に存在する非公式の集団だから、君が知らなくても当然だよ。別名は「双子(ディディモ)」――構成員は全てインヴィクトゥスだ」
「ふうん――で?」
 まあ、勿論そういう組織には非公式の存在が付き物なのだろうけど。
 段々と話がきな臭くなってきたようだ。
「彼らが密かにこの国に送り込まれるらしい、と西安の調査部が知らせてきた」
「――目的は?」
「シンプルな話さ。神と聖霊と人の子の三位一体、とかいうお題目を聞いたことはあるかい?」
 神と聖霊と人の子キリストはそれぞれ別の存在であり、同時に神として同一である、とかなんとか。
「門外漢である我々も、彼らが呼ぶところの神や人の子イエス・キリストについては何となく概念として知ってはいる――だが、聖霊ってなんだろうね? クリスチャンに聞いても、明確な答えは意外と帰ってこないもんだよ。ひどく漠然としていてね」
「――僕は天使のようなものかと思っていましたが」
 翼があって光の輪っかがあってなんか強くて白い、みたいな。違うのか?
「ああ、そう大きく間違ってはいないと思うよ。定義としては必ずしも正しくないが、イメージとしてはその程度の理解で十分だ」
 すなわち、人と神を仲介するもの――あるいは、人でもなく神でもない、その間に在る何かを示す、曖昧な概念。
「まあ聖霊でも天使でもいいが、そもそもそんなものが地上に存在し得るという事――それ自体がエイレナイオスにとっては奇跡の証明なんだよ」
 だからこそ掌中に求めて止まず――得られないとなれば、全力で奇跡を否定する、と。
 そういうことらしい。しかし、となると――
 僕はカルピスソーダを幸せそうにちゅーちゅーしている少女をちらりと見る。
 「――つまり、これを?」
 樹が、欲しいと。
 そういうことか――そういうことですか。
「ああ、理解が早くてボクは嬉しいよ周君。彼らの目的は、橿宮樹――彼女さ」
 ――馬鹿な、と僕は溜息をつく。
「理力研ですら十年かかって解析しきれなかった彼女を、今頃になって?」
「水と電解質、太陽光、又は充分な電力――それでほぼ半永久的に活動できる、人の胎から生まれた、人でないもの。彼らが興味を抱くのはむしろ当然だろう? まあ確かに今更ではあるがね」
「誰が樹を手中にしたとしても、新しい事が解るとは思えませんが」
「かもしれないね。とは言え、エイレナイオス自体はあくまで力押し主体の組織だが、ローマの奇跡認定委員会が持つ調査能力はそう馬鹿にしたものでもないよ。EePSAとも彼らは深く結んでいるしね。まあ、最近は色々対立もあるようだが――」 
 皮肉たっぷりの口調で続ける彼の言葉を反芻しつつ、状況を考えてみる。
 力押し主体ね。ならば、やはりいつもの繰り返しなのか。
 ――いつものように、使われることになるのか。
「いずれにせよ、解らないならそれはそれで彼等にとって奇跡に値するのさ。説明できない事象のみを教会は奇跡と認める――昔からそうなんだよ、彼らは」
「そして説明できなくて、尚奇跡と認めたくない場合は――見なかったことにするんでしょう?」
「正にそういうことだね」
「――何故、僕たちに教えるんです? あなたたちに得があるとは思えませんが」
「樹ちゃんが天使に祭り上げられるのは見てみたい気もするけど、ねえ。それはSSUの利益にもボクの興味にも反するから……とでも今は言っておこうか」
「――特計と連中を潰し合わせたいとか、そういうことですか」
「勿論、彼らの無駄に高い鼻を潰してくれるなら言うことはないね――君の上司が彼女を引渡すような決断をしない事が前提の話ではあるが」
 樹を生み出した理力研はかつてUBC(ユービック)の圧力から彼女を守り通したが――既に彼等は存在しない。
 三年前に、とある事件で組織は崩壊――いや、壊滅した。
 今、樹が属する組織は唯一、厚生労働省分局たる特別統計局――通称「特計」だけだ。
 そして特計は、基本的にはあくまで国民の健康で生産的な生活をサポートするための組織であって、日常的に戦闘行為を行うために存在している訳ではない――とは言え。
 少なくとも、うちの課長は喧嘩を売られて、相手を殴り返さずにいられるような出来た人間ではない筈で。僕は他の点では全く上司を信用していないが、そこは自信を持って言える――故にこそ、嘆息せざるを得ないのだけど。
「特計に実戦で使える職員はそう多くなかった筈だよねえ。エイレナイオスから彼女を守りきれるかい?」
「ご心配なく――と、とりあえず言っておきます。SSUなら守れると言いたげですね」
 当然、という顔で舞旗は笑みを貼り付けたまま頷く。
「そこは保障しておこう。SSUはいかなる信仰にも積極的に与することはない。我々の評価基準はそれが良い商売になるかどうか――それだけだからねえ」
 宝の山である遺伝資源を村ごと焼き払うような狂信者たちと商売は出来ないね、と彼は言う。
「樹は売り物にはなりませんよ」
 彼女は――そもそもモンストロではないのだから。
「どうかな? 仮に彼女の存在をきちんと解析出来たならば」
 ……即ち、人間という存在を彼女のような状態に変換して存在させることが、真に可能ならば。
「逆に、彼女を普通の人間にすることも可能ではないかな? それは君にとっても魅力的な提案だと思うのだけどねえ――」
「樹を、普通の人間に……?」
 ……成程ね。
 それは、とても魅力的な――戯言だ。
 僕が言葉を返そうとしたところに、タイミング良く――あるいは悪く、ウエイトレスがやってきた。
 「お客様――お話中の所申し訳御座いません。お客様の中に、舞旗様は居られますか」
 「舞旗はボクだが――何かな?」
 彼の声が若干低くなる。
「お預かりものでございます。SSUの舞旗様に、お客様が揃ったところで渡してくれと」
 白い紙箱。一見ケーキか菓子でも入っているように見えるが。
 ……これは、ひょっとして。
「相手のお嬢様へのプレゼント、だと――」
 その細い眼がさらに細められ、次の瞬間――舞旗は叫んだ。
「全員伏せなさい――爆弾だ!」
 やっぱり――?と僕が思って、樹の手を握った瞬間。
 呆然と立ちすくすウエイトレスの手から速攻で箱を奪い取ったのは金髪の美女。
「エスメラルダ、外の川だ」
「――了解しました」
 光の速さと言ってもいいくらいの素早さで彼女は店外に消えた。
「……え? えええ?」
 呆然として伏せるどころではないウエイトレスに、舞旗が微笑む。
「やあ、ありがとう君。ところで、会計のことなんだが――」
 その一瞬後――水が弾けた。
 轟音とともに高く噴き上がる茶色の飛沫は、店の中からもよく見える。
「たーまやー」
 僕と繋いでいる方の手をぶんぶん振って、樹は喜んでいた。
「その発言はどうかと思うよ、樹」
「薄茶色の水滴が綺麗なのです」
 どうやら彼女の美的感覚は再教育が必要なようだ。 
「……あの水は汚いから近寄ったり舐めたりしないでね」
「むむー?」
 首をかしげる彼女はとりあえずおいといて。
「……ふむ、思ったより威力は弱いな。しかしいきなり今日来るとはねえ」
 嘆息する舞旗をやや冷たく上から目線で睨み付けてやる。
「……あなたの悪戯かと思ったんですが、違うんですか」
「さすがにそんな下手な芝居は打てんよ。どうやら彼らの手は思ったより長いようだ」
 既に先発隊が入国していたようだねえ、と舞旗は両手をひらひらと振って呟くが、相変わらずその顔には薄笑いが張り付いたままだ。おかげで呆れているのか単にお手上げなのか判然としない。
「じきに市警が来る――また会おう。君たちも速めに引き上げることだね」 
 そう言い捨てて、そそくさと舞旗は出て行った。
 ふむ――とりあえず、ここに居ても仕方ないな、確かに。
「あ……す、すみません、お勘定を――」
「ああ……あれ?」
 ……四人分の会計金額。 
 あのおっさん、さっきこの人と会計の話してなかったっけ。
「……あの人、払っていったんじゃないの?」
「あの……お客様に勘定して頂けるから、と言われたもので……」
 まぎらわしい上にケチだな、あの不良中年。
 まあいいや。ついでに情報収集しておこうか。
「あの箱は誰が持ってきたんですかか?」
「それが、はじめてのお客さまで……女性のかたでした」
 ランチタイムの終わり頃、食事を終えて支払いをする際に申し出てきたのだという。
 眼鏡をかけていて二十代後半から三十代前半のOL風の女性とのこと。
 ……うん、全く心当たりが無いな。
 まあ当然か。外見を聞いた限りでは、その世代の知人は同僚にしか居ないし。
 ともあれ支払いを終え、あれこれを考えつつ僕は店を出る。
 樹は後ろをふわふわと付いてきていた。
「樹、浮かない。目立つから」
「ういー。りょーかいなのです」
 彼女はしばしば人がましい行動を忘れるので、一緒にいる時も割と油断できないのだった。
 喫茶店の外はまだ泥水の臭いで満たされている。
 しばらく客は来ないかもな、これじゃ――と思ったところに、聴き慣れた声。
「周辺には不審者無し、だ。二人とも無事か」
「僕たちは無傷ですよ、神無子さん。舞旗たちは追えそうですか」
 僕と樹は出てきたところをちょうどその世代の女性に出迎えられた。
 いや、この表現は失礼か。神無子さんはまだ二十代前半だった筈だし。
 黒い帽子、黒く細いジーンズ、男物のくたびれた白いシャツ――そして、アフガンハウンドを思わせる黒い長髪。
 彼女が犯人ならここで一件落着なのだけど、勿論そんなことはないわけで。
「無理だな。あの金髪は優秀な護衛だ。発信機を一応車に仕掛けといたが、多分すぐばれるだろうさ」
 ちなみに胸ポケットには偏光グラス。それをかけたらほとんどフライフィッシャーマンだ、といつも思うのだけど――しかし、釣り師と彼女では持っているものが決定的に違う。
 右手の先でぶらぶらしている鈍色の武器――異常に銃身の長いクロスボウ。
 その長さほとんどライフル並だ。確か、使われる矢も通常より長かった筈で。
 どう見ても取り回しに苦労しそうな武器だけど、神無子さんは片手で無造作に扱う。
 見かけより軽い材質なのかもしれないが、以前貸してもらった時、僕には到底扱える代物じゃないと思ったのを覚えているから――どうなのだろう。日本男児頑張れ、という話だろうか。
 そもそも彼女自身、別に筋肉質ではないのだけど――まあ、女体の神秘というところか。いや違うか。
「流石SSU屈指のインヴィクトゥス、黄金(アウルム)のエスメラルダ――と言うべきなのかな」
 足止めに撃ってみれば良かったのにと言うと、彼女――神無子さんはふん、と鼻で笑って僕を一蹴した。
「当てたら私が奴と戦うはめになるだろう? 御免だな」
「相変わらずめんどくさがりですね……」
 神無子さんは普段から徹頭徹尾無駄を嫌う人――要するにただの怠け者、として全同僚に認識されている。
「後方支援担当があんな化物とやりあう理由はない。樹にやらせればいいだろ」
 また解っていて無茶を言う人ですね。
「エスメラルダさんの能力は樹と極めて相性悪いですから、無理です」
 それならまだ僕が――いや、やっぱり無理だな。
 あの女性には、僕が何を仕掛けても一切通用しないだろう――そんな気がする。
「確かにな――電気分解されても再生可能か、樹も自分の身体で試す気にはなれないだろうし」
「分解、きらいです。びりびりするです」
 まあ君は当然そう思うよな。僕もそう思う。
 いずれにしても、目下の敵は彼らではない、らしいし。
「私は帰る。お前達も撤収しろ」
「了解――と言いたいところですが、神無子さん、何か見てないんですか」
「――爆弾を持ち込んだ馬鹿を、ということか? いや、二時間前から監視してはいたが、出入り自体が不審な客は特に居なかったな」
 まあそりゃそうだよね。
 見た目から不審だったら店員がまずおかしいと思うだろうし。
「箱が持ちこまれたのはランチタイムの終わり頃だそうです。神無子さんがちょうど昼食でたまたまよそ見してても不思議はないですよね」
 しかしちょっと悔しいのでちくちく嫌味を言ってみる。
「……ふむ、一分程度見ていない時間があった可能性は認めよう。ただ、そういえば……どこかで見たような人間がいた、とは思ったな」
 一分だけですか。正直サボってると思ってました。ごめんなさい。
 神無子さんは何だかんだ言っても結構真面目だ。昔から、そうだった。
「女性でしたか、それとも男性?」
 これは一応ひっかけ。店員の証言と符号するかどうか、なのだけど。
「何処で見たかは思い出せんが女だ――まあ、監視データは本部に転送済だ。戻ったら照合するさ」
 成程。まあ知人である可能性は無くはない。
 あの喫茶店に僕たちが行くことを知っていたとすれば当然、それ以前から僕たちの行動を監視していた可能性はあるし。勿論、SSUから情報が漏れていた可能性もあるけど――なんと言っても、あの爆弾は舞旗宛に届けられたのだし。
 しかし、まあ。神無子さんはともかくとして。
 ともあれ僕と樹にとっては、どうも怠けてはいられない状況になってしまったようだ。
「全く、残酷な話だよね――」
「……何がだ?」
 神無子さんの問いには返事をせず。
 僕はもう一度小さく――溜息をついた。

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