創作「いつでも君は、僕より優しい。(3)」

ChapterⅢ

「爆弾犯はこの女だ」
 僕は処務係長・犬伏源三の前で報告を聞いた。
 モニターに映っているのは三十歳前後のOL風な人。地味な眼鏡と髪型。服装も地味。
 どこに居ても目立たないタイプの女性だった。
「胡桃坂里緒――神無子に見せたところ、記憶と一致した。映像との照合待ちだが、間違いないだろう」
 所属は厚生労働省特別統計管理機構・総務部会計課――おいおい。
「内部からの漏洩でしたか――採用時にチェック入ってなかったんですか?」
 人事課は何をしてたのやら。
「彼女は那須行政府からの出向職員でな。丁度今月が契約の期限だった」
「――では那須がエイレナイオスと通じていた、とか?」
「さて、どうかな――那須に採用された時点から信徒だったのか、あるいはスカウトされたのか――向こうの審査はこちらほど厳しくない。太鼓判を押してきたら受け入れざるを得んのが我々だ」
 今後はそうはいかんがな、と係長は顔をしかめる。
「是非ともそうして欲しいですね……へっくしょん」
「……誰かがお前の噂をしてるようだな」
「……だとすると、昨日から今日にかけての僕は大人気だったみたいですね」
 昨日からくしゃみを何回したことやら。
「風邪には注意しろ。樹にうつることは無くても、お前が倒れちゃあいつは動かん」
「……気をつけます」
「しかし――失態だな。事前に一報無ければ、庇いきれんところだったぞ」
「……三人だけで舞旗と会いに行ったことについて、ですか」
「当然だ。SSUの善意を信じるような馬鹿は特計には居ない――樹を除いてな」
「……今、樹はどこに?」
「充電を終えて今は最適化中だ。帰りに拾っていけ。樹の件に関しては特計は表立って動けん――お前が守ってやるしかないぞ」
「……樹自身が、イレギュラーだからですか」
 特計は統計を乱すイレギュラー……所謂特異点を何より忌む。
 故に彼らは特異点を管理し――時には排除し移送し改造する。
 しかし、橿宮樹にはそのいずれをも適用することは不可能だ。
 彼女の居場所は――少なくとも日本においては、ここ特計にしか無い。
「そういうことだ。無論、放置しておくより自前で管理しておいたほうが害が少ないが……樹を巡って争った結果、統計数値を乱すようなことがあってはならん」
 まあ安心しろ、と犬伏係長は僕に笑いかける。
「課長も部長も、奴等に樹をくれてやる気はない。お前の致死許可証(ディクタット)の停止は近日中に解除される――やりすぎは控えてもらうがな」
「――了解です」
 有難うございます、とでも言えばいいのかな。
「神無子以外、人は廻してやれんが――首計課も処務課も出張続きで人手が足りん」
「――草薙さんを昨日事務所で見たような気がしますが」
 草薙深央は僕の先輩にあたる処務係だ。神無子さんより年下のはずだが、恐らく倍以上のフェロモンを含有する男性にとっての危険人物であり――その特性を生かした任務につくことが多い。
 日常的にセクハラしてくるので個人的にはとっても苦手だが、有能な女性ではあった。
「あいつは首計課と共同でコード13号の特異点――『無為(ニゥ)』の追跡調査中だ」
 係長は、畏怖を込めて「イル・モンストロ」と異称される著名なテロリストの名をあげた。
 かつてエンダー・ウィルスによるテロを引き起こし、その後忽然と姿を消した謎の組織「二枚貝(クラムクラスタ)」。
 その流れをくむ、とも噂されるかの異能者が現在日本にいる――らしい。
 なるほど。そりゃ特計としてはほうっておけないわな。
「梟はSSU対策で課長と組んでるしな……ハヴォックとケイオスをつけてやってもいいが、『スクレップ』を使う気ならあいつらはむしろ居ないほうがいいだろう――脳に干渉を受ける可能性がある」
 ちなみにハヴォックは係長の犬、ケイオスは猫だ。当然普通の犬猫ではないけれど。
 普段の樹とは仲が良いが――確かに、あまり良い選択ではないな。
 バックアップばかり増えても仕方ないし。
「樹には直接行動時以外、絶縁服を着せておけ。いつぞやのように、暴走されて辺り一体をシステムダウンさせちまったらかなわんからな」
「向こう次第ですね、係長」
「解ってるが、気をつけろ、ってことだ。お守役ならその程度は気を使え」
「了解しました」
「後、当然だが停止解除までは正当防衛以外は認めん。市警に引き渡されたくなければ自重しろ」
「解ってますよ。常に専守防衛でしょ?」
「ああ。どうしても危険なときは、こだわらずに――樹を使え」
「……その気はありません。多分必要もないでしょう」
「どうかな――『真珠』は手強いぞ。スクレップの開放コードをお前に渡している意味を今一度思い返してみる事だ」
「――でも、使う気はありませんから」
 断言――せざるを得ない。
 嘘だろうと真実だろうと。
「そうかな」
「いつも、そうしてますよ、僕は」
「いつも、本当にそうなら、俺も逆に安心できるんだがな」
「係長は、樹のことも僕のこともよく知ってるでしょう?」
「……知っていようがいなかろうが、命令を下すのは課長と俺の役目だ――お前だけに重荷を負わせはせん。それだけは理解しておけ」
「了解です――係長」
 ……了解ばっかりだな、僕は。
 部屋を出ると、壁にもたれて神無子さんが煙草を吸っていた。携帯灰皿が既に一杯になっている。
「廊下は禁煙ですよ、神無子さん」
「小言は終わったか」
「神無子さん、報告は?」
「とっくに終わっている――胡桃坂の行方がつかめたので知らせに来た」
「へえ――」
「胡桃坂の通話記録から、とあるホテルの番号が出たんでな。チェックインしている客に、舞旗の情報と符合する連中が居たので『爆弾魔の隠れ家』として市警に情報を流しておいた」
「早いですね。課長はなんて?」
「任せるとさ」
「やる気ないですね……」
「回せる人員もいないし、相手が『反駁者』とあっては市警と共闘もできん。教会と真っ向からやりあう余裕はこの国にないからな」
 市警は胡桃坂の確保を名目に既に強襲計画を立てているという。
「そう上手くいくのかな」 
「市警は蹴散らされるだろうな。だがそれでいい」
「そっちは僕たち、行かなくていいの?」
「課長は市警を使って相手の戦力を探るつもりだ」
「捨て駒ですか……市警が返り討ちに会うのは、折込み済み?」
「課長はそうなっても仕方ないと考えているだろうな」
「ふーん」
「不満か?」
「いいえ」
 所詮、僕たちに全ては背負えない。
 ――ぴろぴろぴろん。僕の携帯にメールの着信音。
「……誰だ」
 四年前に聞いて――それから結局使うことの無かったアドレス。
「……昔の知り合い、かな」
 差出人の名は――リゼル・バルシュカ。
 本文には電話番号だけが記されていた。
 ――電話をかけてみる。
 コールは三回で繋がった。
「――もしもし」
「こんにちは、アマネ――四年ぶり、かしらね」
「――お久しぶりです、シスター・リゼル」
「驚かないのね」
「そんなこともあるだろうとは思っていました」
「市警が徴税吏(レビ)の尻尾をそろそろ捕まえる頃かしら」
 ――徴税吏とは胡桃坂のことだろうか。
「――彼女のこと、貴女は心配していないんですか」
「そんなこともあるだろうとは思っていたわ」
 ふふ……と、彼女は笑う。
「ホテルを襲う気なら、市警は失敗するでしょうね」
「あなた達は、もう?」
 移動しているのか。
「さあ、どうかしら。どうでもいいことね――それより、久しぶりに会いたいのだけど。荒事は無し――神かけて保証するわ」
 あなたの神に保証されても、とは思うが口にはしない。
「……どこで?」
「舞旗とアマネが会っていた喫茶店――というわけにはいかないでしょうけど――貴方たちに警戒されたくもないわね」
「篠森現代美術館のカフェなんてどうかしら。イツキちゃんやお連れの女性も、一緒にね」
 ふむ。どちらにしろ、相手の情報を仕入れるチャンスではあるし――否やはない。
「シスター・リゼルの言葉を信頼しますよ」
「ありがとう――アマネ」
 通話、終了。

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