創作「いつでも君は、僕より優しい。(6)」

ChapterⅥ:interlouge

 関東地方全域は七家族の一角に名を連ねる皇(すめらぎ)家の支配下にある。
 彼の地における市警は、治安維持組織であると同時に皇家の私設軍隊としての役割が大きい。
 東京クレーターを中心とした旧首都圏の荒廃に伴い、彼らは重武装化・強権化していった。
 最も、この時代においては世界的に殺人が忌避されている事もあり、重武装とはいえ殺傷力の高い兵器は採用されていないのだが、だとしても各地の市警とその連合体である関東警察の能力をリゼルたちは過小評価はしていなかった。 
 彼女らが宿泊先を引き払うのは来日して二度目である。
 速やかに別の勢力圏に抜けていればまだ良かったのだが、「徴税吏」と連絡を取ったり周たちと接触している間に捕捉されたため、前のホテルから移らざるを得なかった。
 今回のホテルは州境を越えた場所にあるため、本来なら関東警察の襲撃を受ける謂れはない。
 しかし、特計は抜かりなく既に関東のみならず中部全域の市警に情報を流していた。
 本来なら各地の市警で共同歩調を取るべきところだったが、前回取り逃がした雪辱を期す関東警察は越境しての対テロ部隊による強襲という策に出た。
 彼らがエイレナイオス所属であることを市警は知らない。特計が意図的に伏せたためである。
 特計としては、市警が猪突することをむしろ望んでいたともいえる――結果がどうなるかは、さておき。 
 問題はただ一つだけ。
 市警や特計の思惑がどうあれ――彼ら「聖トマスの真珠」は、凡百のテロリストよりよほど扱いづらい存在だったという――それだけの単純な事実。
 リゼル・バルシュカはコンスタンと通話していた。
「――タイタスから連絡があった。予定通り集合するように」
「ミュサは無事ですか?」
 周が直接手を下す、とは彼女は思っていなかったが、特計がミュサを拘束する可能性はあった。
「当然だ。君は教授から眼を離さないようにしたまえ。胡桃坂の件で、彼の人となりについては承知の筈だ」
「了解しました」
 ――胡桃坂里緒。
 この国を上層部に無断で去ろうとした彼女は今、自分の隣に居る男の手の内にある。
 この任務についた時は、そんな境遇に陥るとは想像もしていなかったろう。
 最も、他者に対する想像力が豊かな人間なら、そもそも今回のような任務を引き受けることも無かったろうが。
 リゼルはため息をついた。
 自業自得――それはそのまま、自身に返ってくる言葉でもある。
「――シスター・リゼル、『闘技者(グラディアトゥール)』は戻ってこないのかね。そろそろここも引き払う頃合なのだろう?」
「ええ。ですが我々の任務は囮です。市警に教訓を与えてから合流せよ――との事で」
「ほう? やれやれ、徴税吏に罰を与える暇もないのかね」
「報告を怠って出国しようとしたとはいえ、彼女自身は離反を否定していたようですが」
「何をいまさら。聖務の放棄はこれすなわち異端に魂を売るに等しい――彼女は所詮選ばれた民ではなかった、ということですよ。それに、樹を診る前に、私もリハビリしておかないとねえ――最近、生きた材料にはご無沙汰していたところですから」
 リハビリテーション、ね。
 反吐が出る。
 過去、エイレナイオス配下の研究機関でさまざまな人体実験を繰り返し、最終的には奇跡認定委員会の医師団からも追放された男――ヨアキム・モールダー。
 教授の仇名は多分に揶揄をも含むものだったが、この男は一向に堪えていなかった。
「聖務に熱心なのは結構ですが、仕事をはき違えぬようお願いします、教授」
「……ほう? どういう意味かな、シスター」
「貴方の任務は我々が樹を手中にするにあたって技術面でアドバイスすること、そして実際の行動において障害となる特計を貴方の『百知者(アルベルトゥス)』によってコントロールし、排除すること――です」
 六番目のアストラル・インテリジェンス――AI6たる樹の詳細な研究は本国の奇跡認定委員会の仕事であって、今は一介の「真珠」にすぎぬヨアキム・モールダーが好きにしていいようなものではない。
「ふむ――しかし、これからの作戦で『材料』が必要だという点はコンスタンも同意していた筈だが?」
「仕事の範疇であれば、必要は認めましょう。しかし遊びのつもりなら自重して下さい、ということです」
「はは――なるほどなるほど。承知したともさ、『骨組む者(カタスタシア)』」
(教会の処刑人――杭打つ罪人めが)
 ヨアキムは心中、リゼルの背中に吐き捨てる。
(生憎と、オードブルだけで我慢でするつもりはないのだよ。聖霊を弄れる機会など一生に一度あるかないかだというのに、ねえ――)
 しかも、聖霊だけでなく聖者もいることではあるし。
 ヨアキムはミケランジェラの細く小さな躰を思い浮かべる。
 あの美しい少女を自らの手で玩弄出来たならば、どれほど素晴らしい作品に仕上がることだろう。
(ああ――楽しいねえ。手の届く所にある妄想は楽しい)
 そんな彼を、リゼルの声が現実に引き戻す。
「来ますよ――教授。『蜘蛛蛆(ワーズワーム)』の準備は出来ていますか」
「問題無く。ホールには既に彼らが充溢している――耳か鼻を開けてくれれば、それで良いともさ」
「――よろしい。私が囮になります。教授はコントロールに専念して下さい」
「了解した――AMEN、シスター。彼らの絶望を見せてくれ」
 リゼルは教授に引き渡された胡桃沢が最後に浮かべた表情を思い出す。
 逃げ場も想像の余地もない、純粋な絶望。
 欺瞞と知りつつ、呟く。
「――AMEN」
 ――教授の能力が効果を及ぼすには、突入部隊の連中が顔を露出している必要がある。
 故にマスク等している連中は、リゼルが無力化する必要があった。
 鎮圧用に無力化ガス等を使ってくるかとも思っていたが、窓から覗いた限りでは普通の対テロ装備のようだ。
「愚かですね。彼らも――私も」
 リゼルは部屋を出ると、右手をゆっくり前に突き出し――賦活する。

 ――いわく。
 弟子たちは言う。
「我ら主を見たり」と。
 しかしトマスは言う。
 
 我その手に釘痕を見
 我が指を釘痕に挿入れ
 我が手をその脇に差入るるにあらずば信ぜじ

 ――我ら彼を見ること無くして信ずること能わず。
 見ずして信ずる者は幸い也
 しかして我らの手に力在り、
 我らこれを以て彼を信ず――
 
 
 そう、それが彼ら聖トマスのインヴィクトゥス。
 自身の能力が即ち、神の実在を証明する。
 そう信ずるが故に、神に仕え人を裁く。
 それこそが『真珠』が権能、ヴィルトゥス――

 歩きながら聖句を唱える彼女の手には急速な変化が生じていた。
 掌をじわり、と突き抜けて飛び出したのは、純白の――塩の柱。
 いや、それはむしろ釘や杭と呼ぶに相応しい――禍々しき先端。
 ――そして、遭遇。
 「あ? と、止ま――」
 まさか自分から出てくるとは思わなかったのか。
 鉢合わせした男が一瞬戸惑ったのを無視して、リゼルは呟く。 
 「――三重聖釘(トリスアギオン)」
 ――射出。
 掌から三連で打ち出された一キューピッドの杭が、まず市警の肩を砕く。
「――――!」
 止まらない。右手の次は左手。その次はまた右手。
 彼女は補給無しで三連斉射を七十回は続ける事が出来た。
 市警の対テロ部隊は多くても三十名程度――
 無力化は容易い。
 腿を。腰を。マスクを。次々と。
 致命傷だけは避けて、リゼルは立ちはだかる敵を排除していく。
 すでに反撃はない――教授が「仕事」を始めたのだろう。
「――こんなところ、ですか」
 後ろを振り返ると、虚ろな眼をした市警が倒れた同僚のマスクを剥がして廻っていた。
 彼らはリゼルを見ても、もはや反撃してこない。
「蜘蛛蛆(ワーズワーム)」が――そして「百知者(アルベルトゥス)」が浸透しつつあるのだろう。
「百知者」――百科博士アルベルトゥス・マグヌスになぞらえた能力を持つインヴィクトゥス。
 彼らの技能は多岐にわたるが――ヨアキム・モールダーが何より得意とするのは。
 ワーズワームを介した――死しても逃れられぬ支配。
「しかし、遅い――早めに集合させないと増援が来るぞ」
「――どうだろうね? 彼はどうやら、新しい玩具に夢中のようだよ」 
 通路の脇から、嘲弄の声。
「…………舞旗狗楽、ですか」
 リゼルもかつて幾度か遭遇したことのある、その男は。
 SSU――究極統計協会の人事担当者、舞旗狗楽。
 特計ともエイレナイオスとも相容れない、市場原理の信奉者。
「やあ、こんにちは、シスター・リゼル」
「……貴方が何故、市警と一緒に?」
「突入情報を小耳に挟んだのでね。ガスを使わせなかったのはボクのアドバイスによるものだよ。感謝して欲しいものだね」
「感謝するいわれはありませんね。どちらにしても、脱出に問題はなかった」
「そうかな? 君らがよく使うあの寄生虫もガスマスク完全防備の連中相手では使いづらいだろう」
 ボクは体内にナノサイトを仕込んでいるから、アレは効かないけどね――そう言って舞旗は笑う。
「私のする事が多少増えるだけですよ」
「杭の硬度を上げて、殺す数を増やす――そういうことかい? いけないね、君のようなうら若き美女が手を血に染めるのはボクの望むところじゃあない」
「――教授がいる以上、結果は変りません。誰の手が血に塗れようと、聖務の前には些細な問題です」
「そうかね? 本当にそうかね――これが聖務だと、シスター、君は本当に信じているのかな?」
 ――おかしい、と彼女は思った。
 市警の後続が突入してこない。この男が根回しでもしたのだろうか。
「ああ、無駄な死体を増やしたくないのはどこも一緒だからね。彼らの上とは話がついている」
 つまり、上層部は今教授の玩具になっている連中を見捨てた、ということか。
 この地の権力機構と繋がっているのは、特計だけではないようだった。
「それでは、貴方の味方もここには来ないということでしょう。気楽ですね、舞旗――『真珠』には貴方の排除命令も出ているんですよ」
「ボクは人事担当だからねえ。会いたい人がいればどこにでも行くさ――つまりシスター、君のことだけど」
「光栄ですね――などと言うとでも? 冗談は止めて欲しいですね。貴方の目的はAI6でしょうに」
 手を引いたらどうですか、とリゼルは冷たい声で返すが、舞旗は動じない。
「残念ながらノーだね。ボクはモンストロは好きだが、狂信者は嫌いなんだ。狂信者の手先に仕事で遠慮するつもりはないよ――君はそうではない、と思っているけどね」
 ――この男は。
 見透かしたような事を――
「エイレナイオスのそれを狂信と呼ぶなら、貴方たちSSUは金を狂信する者ではないのですか」
 舞旗はそれも否定しない。
「かもしれないね。同族嫌悪かな? まあ、私は金も信じては居ないけどね――」
 ――いや、この男を見るな。話に付き合うな。
 耳に入れればすなわち心まで侵され、眼にすれば脳から騙される。
 この男は「騙し絵(トロンプルイユ)」の舞旗。
 SSUで最も業績を挙げるヘッドハンターにしてジーントレーダー。
 ――すなわち、最も性質の悪い人誑しなのだから。
「……もはや話す必要を認めません、貴方が私を足止めしようとするなら――排除するだけです」
 小さめの杭――塩の釘を三本。硬度は骨折レベル。
「――――!」
 だが、その前には一迅の風。
 塩の釘は舞旗に届かず――叩き払われた。
 立ちふさがるのは、黄金の美獣――舞旗の秘書、エスメラルダ・ピアレー。
 リゼルの知る限り、最強のインヴィクトゥスが一人だった。
「さすがはシスター・カタスタシア――骨組む者。自らを削るような真似をよく出来るものだねえ」
「大したことはありません――サプリメントをしっかり取っていればね」
 ――雌虎とやりあうには、いささか場所もタイミングも悪い。
「やる、というのなら、わたくしは構いませんが――」
 冷徹なエメラルドの瞳を前に、リゼルの判断は迅速だった。
「――三重聖釘」
 硬度がゼロに近い杭を立て続けに三本。
 エスメラルダが片手を振るった瞬間――砕け散って塵となり――そのまま周囲に充満する。
「煙幕代わり――!?」
 粉塵が晴れたとき――リゼルの姿はすでになかった。
「――申し訳ありません、取り逃がしました」
「構わないよ。君に怪我が無かったのは僥倖だ――それに、今彼らを片付けてしまってはボクらも困るしねえ」
 ――そう。あくまで、エイレナイオスに敵対したのは特計でなくてはならないのだから。
「あのマッドドクターは?」
「獲物と一緒に消えました。良い性格をしているようですね――焚き付ければ偽の餌でも踊る男と見ます」
「ふうん。餌って?」
「ミュサと周が通じた、という疑惑――でどうでしょうか」
「なるほど。エスメラルダ、君はいつも有能だね」
「――恐縮です」
「車に戻ろう。これからの予定は?」
「それが……空港でコード13――『無為』が捕捉されたのですが」
 どうも特計の周辺を探っているようです、と彼女は報告しつつ首をかしげる。
「ええ、戻ってきたの? 天津に逃げたんじゃなかったのかい」
「足取りをチェックさせたところ、それから西安に行ったようで――あの事件の翌日ですね」
「ほう?」
「ビルはその日、自然倒壊したそうです」
「自然、ねえ――なるほど。とすると『左手の剣』と何かあったと考えてもいいのかな――」
 騒然としている市警の残りを尻目に、彼らは素早く現場から立ち去った。
 運転するエスメラルダが舞旗に問いかける。
「――どうしますか、彼を」
「どのみち、特計が『無為』を放置するとも考えづらいし――先に一回会っておくかな。天津軍閥に使われるくらいならこちらで抑えておきたい」
「『無為』には明確な行動原理がありません。危険が伴いますが」
「アシャと泡星を連れて行こう。それでどう?」
「――適任かと。三人がかりなら押さえ込めるでしょう」
「ではそれで行こう。しかし、何でわざわざ再入国したのかね――『左手の剣』に興味を抱いたとか?」
「『無為』はバイセクシャルとの噂もありますが――そういう意味ですか」
「いやいやいや――参ったなあ、エスメラルダ、君はそういうのにも興味あるのかい?」
 わずかに彼女の顔が赤くなった。
「……全く無いとは申しませんが」
 内心はさておき、声には動揺は見られない。
「ふむ、あの何年生きてるか解らない変態はともかく、『左手の剣』がむくつけき男とは限らないし、そういう線もあるか――いや、待てよ」
 後席のモニターに資料を呼び出す。
「ふむ、なるほど――」
「何をご覧になっているのですか?」
「旧理力研の資料だよ――君も見るといい」
 運転席のサイドモニターに表示される映像と文章――ざっと読んだエスメラルダは短く息を飲んだ。
「これは――しかし、主管。だとすると――」
「『無為』がアレと――AI6と繋がりがあるとしたら――なかなか面白い話じゃないかい?」
 舞旗狗楽はそう言って――さも楽しそうに笑った。

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