創作「いつでも君は、僕より優しい。(7)」

ChapterⅦ

 蒸し暑い夜だったが、周はエアコンを強くするのは苦手だった。
 今は窓を開けて、生ぬるい風を取り込んでいる。
 TVではリゼルたちが突入部隊もろとも消えた、というニュースを繰り返し放送していた。
 特計が得た情報でも、現場から去った車などは存在しないという。
 どうやって脱出したのか、と周は考えていた。
 例えば、ミュサと自分に割って入った男――タイタスといったか。
 彼があそこに突然現れたように、リゼルや市警たちも跳んだのか――いや、跳ばされたのだろうか?
 複数人を一度に転送出来るほどの異能は特計の記録にもないが、何しろ相手は「聖トマスの真珠」。
 そのようなイレギュラーが居てもさほど不思議ではない、けれど。
(――周) 
 何処かから囁きが聞こえた。
 彼を、呼ぶ声。
 一瞬、隣室の誰かとも思ったが、これは肉声ではない。
 周の精神に直接侵入してくる、睦言にも似た甘い声。
「……ミュサ?」
(残念ながら違いましたね、愛し子――)
「…………あんたか」
 呼ばれ方で、想像がついてしまった。
 ……ちょっと残念、かもしれない。
「どいつもこいつも――お節介だね」
(お節介は君が望んだ事ですよ、周――君は気づいていないみたいですが、ね)
「直接銀をぶち込まれたいんだな――無為。今どこだよ」
(悪くない風です――出て来ませんか)
「……近所に公園があるから、そこに居ろよ」
(いいでしょう。では、そのように)
 ふっ、と意識に被さっていた靄が消え――同時に「彼」も去った。
「好き勝手やってくれるよ……イル・モンストロ、か」
 個別コード保持異能者(コードウェイナーズ)――それは観測されている中で最強・最悪級のインヴィクトゥス。
 その№13たるイル・モンストロ――「無為」はその中で最も有名であり、同時に最も正体不明な人物である。
 しかし、特計や周と彼は一種特別な関係にあった。
 なんとなれば――

「他の人間に気づかれずに、あんな力が使えるのか」
 夜闇より黒い影とともに、彼は居た。
「一人、感覚が異常に鋭い子がいたので。彼が寝るまで待っていたらこんな時間になってしまいました」
 ――梟のくせに寝るの早いからな、あいつ。
「昔と顔変わったんじゃないの――若返った?」
「ああ――理力研に捕まったころは私も年を食ってましたからねえ」
「血を吸って若返ったのかよ。吸血鬼らしいな」
「いやいや――強いて言えば気分ですかね」
 気分で顔まで変えられるのかよ。
「ある程度はね――生き甲斐が無いと顔もつまらなくなってしまうものですよ」
「今は、生き甲斐があると?」
 こいつの場合は生き損ない甲斐とでも言うべきかもしれないけど。
「まあ、ある程度は」
「――聞かせてもらおうかな」
「おや、私の生き甲斐に周が興味を持ってくれるのですか?」
「僕と関係無いんだったら、わざわざ現れないだろう?」
「愛しい君のためなら、いつだって私は飛んできますよ」
 相変わらずぞわぞわする物言いだった。
 なんで僕はこんな連中にばかり好かれるのだろう。 
「まあ、実を言うと最近、君と同じくらいの年の子に会って、それで思い出したんですけどね」
「……顔が似てたのかい」
「似てた――そうかもしれませんね。さて、彼の本名は知らないけれど、彼の能力を私は知ってる、と言ったら君はどうしますか、周」
「……『真珠』の話、ってこと?」
「そういうことです。SSUが西安にラボを持ってたのは知っていましたか?」
「いいや」
「あとで検索しておくといいですよ。先日彼らのビルが倒壊した理由もね」
「――その少年が原因だと?」
「いや、一部は私ですけどね」
 お前かよ。
「とは言え、直接手を下したのは彼――いや、彼の能力ですねえ」
「――それを何故僕に教える?」
「彼もなかなか健気な感じで可愛らしかったけれど――最も愛しいのは君だからですよ、周」
 ぶっちゃけ気持ち悪い。
 ――と、いうより。
「どうですか――あのダッチワイフをいい加減捨てて、私と一緒に」
「滅びろ」 
 僕が投じたナイフを無為はあっさり手で受け止めた――いや、正確に言えば、掌に突き刺させて無理矢理止めた。
「おおっと、銀のナイフですか――準備がいいですねえ」
 じゅっ、と一瞬だけ肉の焼ける音と臭い。
「次は水銀弾頭を頭にぶち込むよ――化物」
「まあ、無理でしょう。 君のディクタットは停止中と聞いていますよ」
 つまり殺傷用の火器は一切使用禁止、かつ能力使用にも制限が掛かっている――そういうこと。
 そうでしょう?と微笑む無為。
 だが、生憎――
「人間相手ならね。化物は対象外だよ――イル・モンストロ」
 とは言え、確かに今の僕は銃の携帯を禁止されている。
 手にあるのは、もう一本のナイフだけ。
 これとて樹が居ない時の護身用にすぎない。
「可愛いね――だが、無駄ですよ、『片鋏(シングルシザー)』――君の能力で、私は滅ぼせない」
 能力を使う準備はとうに出来ているが――しかし。
「樹が居て、あの馬鹿でかい段平もあれば――あるいは可能かも知れませんが」
 ――『スクレップ(屑鉄)』。
 確かに、あれが手元にあれば――
「あと、付け加えるなら――今この瞬間も、SSUは私と君を監視しています」
「…………」
「まあ、彼らにしてみれば謎でしかない君の能力を知るチャンスでもあるわけだし――私についても、まあ知りうる範囲で調べ尽くしたい、とは思っているでしょうねえ――」
 一瞬の隙に。
 間合いをゼロにされた周は腕をとられ、ひっくり返された。
 そのまま、地面に叩き付けられる。
 無為は周の顔を笑いもせずに覗きこむと、すっと手を伸ばした。
「さ、これからベッドにでもどうです」
「すっきりきっぱりお断りだよ」
 振り払って、立ち上がり――同時にナイフを突き出す。
「おおっと。つれないですね――」
 ふわり、と間合いを取る無為。
「……僕の周りの大人には変態が多すぎると、常々思っていたんだ」
「……ふむ……嫌なら、きみはいつでも投げ出せるんですよ」
 望むならこちら側にだって、いつでも来れる――そう言って、無為は手をひらり、ひらりと動かす。
 その仕草が僕をさらに苛つかせた。
 現状、使える力を出来るだけナイフに集中させる――
「その気は全く金輪際ないから消えてくれ」
 課長がそんな話を嗅ぎつけたら、まず最初に灼かれるのは僕だ。
「四年前を忘れたわけじゃないだろう――あんたは狐尾課長が怖くないのか?」
 うちの課長は怖い。
 あのインヴィクトゥスは――今まで会った誰よりも、任務に相応しく完全だ。
「狐火は苦手ですねえ。彼は美しくない――ああ、そういえば、あの娘も来ているのでしたっけ?」
「……誰のことだよ」
「シスター・リゼル、でしたか――彼女も美しくなっていることでしょうね」
 ――四年前から、三年前までの一年間。
 彼女は確かに、僕の大切な人の一人だった。
「仮に彼女を私が片付けてあげる、といったら君はどうします?」
 ――今は、なんだろう?
「……お断りするよ」
「なぜ? すでに彼女らは君の明確な敵なのでは?」
「詳しいんだな」
「ああ、SSUからアプローチがあったのですよ。実を言うとこの住所も彼らに聞きました。舞旗とかいう胡散臭い男でしたが……私はあんまり好きじゃないですねえ」
「舞旗もよりによってあんたにだけは言われたくないだろうな……誰よりも血生臭いくせに」
 あの眼鏡いつか殺す。
「傷つきますねえ……さておき、私を滅ぼしたいなら、せめて西安の彼と同レベルの覚悟を持ってくることですね」
 ディクタットのみを免罪符とする、特計処務課としての覚悟。
 奉じるべき何かのために戦う者としての覚悟。
 そして――その何かのためであれば、他のあらゆる正義を圧殺して顧みないという覚悟。
「君に足りないのはその覚悟ですよ――周」 
 ――そう無為は囁く。
「……見透かしたようなことを」
「見透かせるんですよ。私は、無為ですからね――」

 そして、樹は。
 私の血と、君の涙から生まれた。
 私の娘であると同時に、君にとっても娘なのだから――


「――黙れよ」
 僕の本気の一撃を、無為はかわすことすらしなかった。
「良い覚悟――しかし、充電不足です」
 刃が触れた瞬間――吹き散らされるように。
 僕の力は失われ、ほどけていく。
 ――そして、銀のナイフは、硝子のようにあっさりと砕けた。
「刃のない鋏では、毛髪一本だって切れません。監視者のことを顧慮したのか……それとも、電池が無ければ君はこんなものでしかないのですか?」
「……うる、さい、よ」
 無為は僕に触れてすらいない。
 だのに僕の全身から力が――根こそぎ引き抜かれていく。
「なるほど――彼女は君にとって文字通り力の源なのですね。精神的にも――能力的にも」
「……それ、以上」
「それでは彼女の意志がどうあれ、君は手放したくない、ですよね――」
 微笑みを浮かべつつ、無為は僕を言葉で玩弄し、魂から力を奪い去る。
 無神経で、無頓着で、そして何より無意味な存在――それ故に無敵。
 それ故に無為であり、それ故に二千年を生き延びた死に損ない。
「しかし」

 残念ながら。
 君だけの力では。
 君程度の刃では。
 生き損ないの私にすら届かない。
 ましてや、精錬者の炎(エシュ・メツァレフ)は切り裂けない――


「高位のインヴィクトゥスには、君だけでは到底勝てない――そういうことです」
 地に伏した僕に背を向けて、彼は独りごちる。
「大陸で、君とよく似た少年に会ったと先程言いましたが――今後、彼が君の前に現れることがあれば、左手に気をつけなさい」
 『左手の剣』――またの名を『欺く者』。
「そう呼ばれる士師がいると、舞旗は言っていましたよ」
 無為は微笑んだまま、その仇名を告げた。
「……それを教えるのが目的で、僕を呼んだのか」
 霞む眼に、振り返った無為の顔が映る。
「さて。私は、愛しい顔を見に来ただけですよ」
 と、相変わらず微笑んだままの吸血鬼。
 しかし、その笑みに一切の信頼性はない。
 その言葉が嘘か真実か、問うことすら意味はない。
 彼は無為なのだから。
(安心しなさい――監視者は私が始末しておいてあげますから、ね)
 その優しさも恐ろしさも、全ては外界に反応して木魂するだけの虚にすぎないのだから。
「……とっとと消えてくれ」
(では、そうするとしましょうか)
 
 いつか、君の血を飲みに来るよ。
 それまで、綺麗なままでいておくれ。
 愛しい、愛しい、私の――


 残響とともに、無為は闇に消え――僕は気を失った。

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