創作「いつでも君は、僕より優しい。(10)」

ChapterⅩ:interlogue

 朝の街を少年は歩く。
 軽やかに、憂いも迷いも無く。
(行くんだね)
「――何処から見てるの?」
(君の側に私の欠片が居るからね)
「――ああ、この傷か。道理で治りが遅いと思った」
 少年の右手には浅い切り傷が残っている。
(ほじくり出せば居なくなりますよ――おっと、話ぐらいいいでしょう?)
「生憎、人を待たせてる」
(――君は、死ぬ)
「ふうん?」
 少年は薄く笑った。
「面白いじゃないか――今まで、ぼくを殺した奴はいないからね」
 木魂――無為の笑い声が頭に響く。
「――面白いか? 今の」
(ああ。実に面白い――私も次から使わせてもらうとしましょう)
「ぼくが次にあんたに会うときまでとっておけよ」
(ふふふ――期待したいところですが、私の子供達を、あまり侮っていると――)
 子供たち、か――ふうん。
「なら、より念入りに殺しておいてやるよ」
 AI6と、それに付き添う少年。
(武器もなしで、大丈夫ですか)
「あんたはもう見たじゃないか」
 少年の手には何もない。
「ぼくの剣は、主が持ってくれているからね」
(なるほど――神以外の全てを欺く、とはよく言ったものです)
「誰がそんなこと言ったんだい?」
(はて……先代のエフドについて、だったかもしれないですね)
「ふうん――いつの話だか」
(さておき、君の主はそんな君に応えてくれますか?)
「応報を期待などしないよ。そこに在ることに感謝する――それだけだ」
「エルサレムを見捨てた主でも、ですか」
「全ての行いには理由がある――ならあの墓穴も、なんらかの理由があって開いたんだろうさ」
 エンダー・ウィルスの蔓延と残存戦争を経て。
 古き経典を奉ずる彼らは、またしても国無き放浪の民となった。
「今、君たち士師が民族のために貸し出されていることも含めて、ですか」
「ぼくに関しては、好きでやってることさ――他の人は知らないけどね」
 そうですか――と木魂は笑う。
(これも何かの縁でしょう――君の幸運と平安も、祈っておきますよ)
「アベルの血を浴びたカインの末裔――化物の中の化物が祈る、か。ぞっとしないね」
(その感覚は正しいですよ。だからもう一度言いますが)
 君は死にます――無為は再びそう宣告した。
「そうかい」
(動じないですねえ)
「全ては主の御心のままに、だよ。神に見捨てられたあんたにはわからないさ――無為」
(かもしれないね)
「さて、そろそろ終わりにしたいな。集合場所が近い」
(ならば黒い血の所を切り取って捨てるといい。それで私は消えます)
「そうするよ。さようなら、無為」
(君との戦いはなかなか楽しかったですよ)
「いつか再戦してやるさ」
(そうだね――さようなら、エフド)
 指先で傷口を開くと、黒く凝った血の塊が見えた。
 爪でほじくり出し、捨てる。
「ふん」
 左手に寄生しなかったのは、あの化物なりの礼儀だったのかもしれない。
 そんなことをふと思い――おかしくなって、少年は笑った。
 目的地である美術館の屋根が、交差点の向こうに見えた。

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