めだかボックスSS「バタフライ・コネクト」

久しぶりの二次創作。


「バタフライ・コネクト」

 あらかじめ言っておこう。
 これはただのお話だ。
 嘘からも真からも同様に遠い――シンプルな戯言だ。

 とある病院の診察室。 
「さて、改めまして蝶ヶ崎くんこんにちは。担当の人吉瞳です。よろしくね」
「よろしくお願いします――やはりあなたが担当なのですね」
 蝶ヶ崎蛾々丸は特に感慨もなく答えた。
 小学生と見まがう女医が彼の前にいた時点で、互いの紹介など無意味な社交辞令でしかないのだが――というか、今までの流れを考えるに彼女以外が担当だったらむしろ彼は失望していたかもしれない。
 勿論、失望したからといってどうということもなかったろうが。
「ええ、そりゃもう。で、早速あなたの今後について相談したいんだけどいいかしら」
「どうぞ。しかしどうでしょう……私ごときの事で先生の時間を消費するのは心苦しいのですが」
「そうでもないわよ? まあ、あなたには利害で話をしたほうが早いと思うから言うけど――これはあなたにとっても私にとっても得になる話なのだから」
「――?」
 過負荷の治療――あるいは厳格な制御。
 現在、蝶ヶ崎蛾々丸に世間から求められているのはそういうもので。
 しかし、彼自身は特に治療を求めていないし厳格な制御も面倒なだけだと思うわけで。
「『不慮の事故(エンカウンター)』を失うことが、私の得になると?」
「私はあなたの過負荷を無くそうなんて思っていないわよ、蝶ヶ崎くん」
 人吉瞳はにこにこしながら話を続ける。
「私があなたにするアドバイスはね――受けたストレスを別の所に押し付けるとき、十割ではなく九割だけ押し付けるようにしてみなさい、ということ」
 それだけよ、と彼女は言った。
「――それを日頃から心がけてみろ、と? それだけですか?」
「ええ」
 人吉瞳曰く。
 ――今のあなたはストレスに弱すぎるから。
「これからずっと生きていくに当たって、いずれ気付くはずよ。ストレスを他に押しつけている限り、あなたを襲うストレスが無くなることはないということにね」
 『不慮の事故』はストレスを解消するためのいわば対症療法だ。
 どこかにストレスを押し付けているだけで――ストレスの元が無くなるわけではない。
「先生は私にストレス根治をめざせと、そういうのですか?――元を断てと」
 ストレスの元になる事物を――人間を、根絶しろとでもいうのだろうか。
「まさか。それじゃ今より悪化してるでしょ。そうねえ――蝶ヶ崎くん、あなた、風邪をひいたことはある?」
「ありますね。熱が出ると他に押しつけていましたが」
「そう、そうよね。熱はそれで無くなるから、とりあえず体は楽になるわよね」
 風邪はいずれ治る――けれど、いずれまたひく。
「でも、風邪に負けない体力をつけておけば、そもそもひくことがないのよ」
「――なるほど。つまり、少々のストレスは解消せずに、慣れろと」
 単純かつ簡単な話ではある。そして、受け入れ易い話でもあった。
「そうね。とりあえず、そこから始めてみてはどうかしら。あなたにとっても、この訓練は損にはならないはずよ」
 風邪をひかなくなるだけでもね――そう言って彼女はいたずらっぽく笑った。
「慣れてくれば、あなたが世界を見る目も変わってくるはずだから」
「……それだけでよいのですか?」
「千里の道も一歩からというでしょう。でも、この道は目的地まで千里もないはずよ。違うかしら?」
「……違わないようですね」
 まあ。
 この女医が、悪い人ではないのは彼も昔から知っているし。
 努力とか慣れるとか、昔から縁のない身ではあるが――それだけに、この簡単さは悪くないとは思ったわけで。

 そんなわけで、試しにやってみた。
 過負荷のコントロール――そもそも、飛沫も怒江も出来たことが自分に出来ないはずはない、という競争心も多少はあった。そもそも競争心自体が今までの彼にはほとんど無かったのだが。
 今も嫉妬とはほとんど縁がない。ずっと他人に負の感情を押しつけてきたので、尾を引く感情なんてものはほとんど持ち合わせていないのだ。喜びも憎しみも痛みも悲しみも。
 何も残ってなどいなかった――これまでは。
 では、今はどうか。
「――なるほど。これで所謂一般人の心の痛みの十分の一、といったところですか、ね」
 そんな段階でも、彼には堪えた。
 何か不快なイベントが生じるたびに逆上しそうになる。そのラインまで達しないように、今までは全部よそへ割り振っていたそれを少しずつ自分とそれ以外に――動物に、生物に、静物にストレスを分散して押しつけることを意識する。
 そして意識するうちにふと思った。
 どう分散するのが一番効率が良いのだろう、と。
 そんなことを考え出したら、きっともう人吉瞳の思う壺だ――それはわかっている。
 だが、そもそも彼は無駄を嫌い、無用のトラブルを嫌う。
 自分のストレスを人に押し付けたとしよう。しかし、その人物の苛々が翻って自分に向いたとしたらどうか。
 彼のしたことは自分のストレスの解消にすらならず、新たなストレスを生んだだけではないか。
 すなわち、近くの事物にむやみにストレスを押しつけることは、めぐりめぐってまた自分にストレスを与える可能性があるのではないか。
 勿論、その程度のことは彼も以前から知っていたわけで――だから暴力を振るう相手に直接暴力を押し付けたことはほとんどない。先日の戦いの時ですらそうだった。
 では、それをもう少し徹底してみよう。
 近くの事物は良くない――ならば、遠くの人間なら、ものなら問題ないのではないか?
 あるいは、多数に分散するとか。
 勿論、それが自分にとってストレスにならないこと、が大前提ではあるが――
 彼は思考を深めてみることにした。

 例えば。
 他人のストレスは、自分のストレスになる――ならば。
 それを「彼が」包括して制御し――別の場所に押しつけることも可能なのではないか?
 すなわち――自分を含む集団が受けたストレスを、丸ごと自分がコントロールすること。
 それが可能になれば、人に不幸しかもたらさなかったこの過負荷に、違う光を当てられるのではないか?
「これは――なかなか悪くない目標ですねえ」
 それは彼自身のストレスを軽減してくれる考え方だった。
 別に、彼らのストレスを自分が引き受けるわけではない。そんなことはする気もない。
 ただ、彼の心の平和のために、そうするだけでいい。
 蝶ヶ崎蛾々丸がひとまずたどりついた答えは、以上のようなもので。
 そしてその時、彼は人吉瞳の言葉の意味を知った。
「なるほど――これが一里塚というわけですね」
 ストレスを全部切り離して、ただ他人に放り投げる今までのやり方から。
 他人と自分のストレスを同時に切り取って、自分の手で遠くへ放り投げるやり方へ。
 試してみると中々障害も多く、スムーズに処理するのは難しい――が、所詮は今までの応用だ。
 それに彼には、試行錯誤する時間もサンプルも山ほどあった。
 なんといっても彼の周りには今まで切り離して目もくれなかった世界が――世界の与えるストレスが満ち溢れているのだから。
 何より大事なのは、他人の中に操作されたという記憶も気配も残さないことだった。残せばそれはいつかストレスの原因となりうる。それがめぐりめぐってまた自分に返ってくるかもしれないのだ。
 彼は面倒の種は出来るだけ事前に無くしておくべきだと考えた。
「この辺りまでうまく制御できれば球磨川さんの『大嘘憑き』にも近づけますかねえ」
 しかし、彼の能力は、あくまで押し付ける能力であり、ストレスを無かったことにはできない。
 だから――自分と自分の属する集団へ直接影響の少なさそうな、遠くの山とか海とか材料段階の物資倉庫とか、そういうところに分散して送り込んだ。
 出来るだけ、物理的にも心理的にも経済的にも文化的にも宗教的にも遠くへ、また遠くへ。
 因果応報という言葉があるが――因果がめぐりめぐって自分の周りに還ってくるとしても、そういう所であれば、かなり還るのは遅くなるはずだった。
 そして、自分が管理できるストレスの原因集団は、大きければ大きいほどよい――やがて彼はそう考えるようになった。何かのはずみで自分へストレスが向いたとしても、大集団をあらかじめ管理できていればそれだけコントロールはしやすくなる。
 しかし、この辺り実は微妙なところで、大集団をコントロールしようとすればそれだけ意図しないストレスを受ける可能性も高くなるのだが――当時の彼はすでに当初の計画以上に「全体のストレスを低減し他へ押し付ける」方法の最適化を求めていたので、より大集団をコントロールできるようにしなければならない、というのは既に達成すべき目標となっていた。
 故に彼は、人吉瞳が望んだように――あるいはその意図すら超えて。
 過負荷とストレスへの耐性を磨きながら、日々を過ごしていった。

 ――だから、十年後。
 本当にたまたま、彼の乗っていた飛行機が墜落したとき。
 彼が「あー、これは私が昔ストレスを押しつけた素材で作られてましたねえ」
 と思ったかどうかはわからない。そもそも普通は検証すら不可能だろう。
 ただ確かなことが一つだけある。
 非常な大事故でありながら何故か一人の死者も重傷者も出なかったという事実によって、彼は『不慮の事故』を――彼の過負荷をその時までなお持ち続け、磨き続けていたことを証明した。
 本当の、不慮の事故によって。
 
 ――もっとも、彼だけは瞬間的に受けた巨大なストレスにより、その後しばらく入院を余儀なくされたというが。
 
 まあ、そんなわけで。
 これは本当に――ただそれだけのお話だ。


「バタフライ・コネクト」了。


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

驚いた
面白い

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック