創作「名切 其の一」

「名切」

 序

 名切は刀の名であり、一族の名であり、同時に少女の名である。
 それは存在を殺し、抹消し――非在とする。
 失くし、亡くし、無くす。
 その作用は全てのヒトに及ぶ――否、ヒトに限らない。
 生きとし生ける全てのもの。
 過去に死し、今も死に続ける全てのもの。
 その尽くに区別無く剣は振るわれ、一切の容赦無く力を行使する。
 しかし――それを振るう者だけには、作用しない。
 それがただ一つの例外にして掟。
 故に、彼女だけは記憶している。
 自らが斬ってきた悪を。善を。正義を。我執を。迷妄を。逸脱を。残響を――そして幻像を。
 彼女だけは、忘れない。
 ――故に。
 彼女の語る物語は、誰とも共有されない。
 だから。
 彼女は、跳べない。飛べない――翔べない。
 全てを忘れて、翔け去ってしまうことはできない。
 今は、まだ。
 この島に。
 この国に。
 この世界に、縛られている。
 故に彼女は、逸脱を憎み残響を愛でる――憎みつつ、愛惜しむ。
 いと速く駆け去ってゆく者たちを羨み、焦がれる。
 自ら忘却の淵へ飛び込んでゆく者たちに嫉妬しつつ――それでも猶、祈りを捧げる。
 そしてそれ故に――名切は国の防人として在り続ける。
 旧き帝家に仕える最後の廷臣にして、国家の鎮護における文字通り最後の鬼札。
 MDFも警察も、特計すらも超越する――ただ残響を切り捨てるだけの、一振りの刀。
 抹消を司るもの――「不視切」の名切。
 

 一

 那須悟克学園。
 残存戦争の後、国家に奉仕する人材を育成することを目的に作られた公立の高等学校である。
 旧「五高家」のひとつ、篠森家の運営する桃泉学園に規模では及ばないが、設立以降排出した人材はけして劣らない――東の悟克、西の篠森と呼ばれる程度には。
 桃泉も悟克も七家族最大の勢力を誇る鏑生一族の勢力圏にあるという点では共通していたが、前者は西の端――美好や隼御門の勢力圏に隣接しており、後者は鏑生の本拠地たる那須行政府のほど近く、高原の一角――そのまま皇・畔湖の勢力圏と接する境界にある。
 行政府との密接な関係を保ちつつ、どの勢力に属する人間であれ入学しやすいように、という配慮ではあった。
 普通科卒業生の行き先で多数を占めるのは防衛大からMDF、もしくは警察学校から広域警察もしくは都市警察、という流れだが、通常の大学に行って官僚になったり、七家族の関連企業に就職する者も勿論多い。
 ただし、これはあくまで普通科の話だ。 
 各学年、ニクラスの特能審査科――通称特審科がこの学園には存在する。
 特審科はすでに実戦の現場で働いているような人材も受け入れており、彼らの出席率は当然ながら極めて悪い。
 しかしそれでも、同世代の誰かと共有する何かがある、という事実は、彼らをしばしば強くするし――勿論、それが学園の目的だった。
 一時の激情や能力に溺れて自らを見失いがちな若き陽性異能者(インヴィクトゥス)たちには、なんであれ自らの力以外に拠り所が必要なのだ――そう、特審科には基本的に全員が異能者、もしくは潜在的に異能を有すると見なされた少年少女が集められている。彼らは全員が学内で寮生活を送り、三年間で能力を磨き、コントロールする術を身につけることを求められるのだ。
 彼らが三年間を過ごす四階建ての寮、青林寮は東棟と西棟に分かれており、、男子が東棟、女子が西棟を使用する。様々な異能が混在する実情に鑑み、寮生はほぼ全員が個室を与えられている。シャワー・トイレも室内完備だ。
 ちなみに普通科生徒用の寮はもっと大きく、緑風寮という名がついているが、こちらは二人部屋だった。学園の性質上、親元から通う学生は普通科特審科問わずあまり多くはないので、どちらも入居率は高い。
 どちらの寮にも一階には大浴場(時間割制)と食堂、購買(朝、夜のみ開放)がある。昼は基本、別の場所にある学食で食べることになっていたが、アレルギー等で食事制限の必要な生徒はきめ細かい対応が可能な寮の食堂ですませることも多かった。
 特審科生徒にとって拠り所が科そのものの存在だとすれば、普通科生徒の多くにとってのそれは学園に来る前に居た公立孤児院及び小中一貫校――所謂パブリックスクールであり、それ故両者の間には大きな壁が存在している。パブリック・スクールとは言っても英国のそれとは意味合いもシステムも異なるが、しかしそれは確かに国家へ奉仕する人材を生み出すためのシステムとしては優秀だった。その卒業生たちはパブリック・チルドレンと呼ばれる――主として精子をジーンバンクから購入した独身女性から生まれた、生誕時から国家に委託された子供たちだ。それ以外にも望まぬ出産を強いられたシングルマザーや夫婦から委託される場合もある――インヴィクトゥスの子の場合は、むしろそういったケースのほうが多いかもしれないが、彼らはパブリックスクールとは別に存在するいくつかのラボに預けられることが多く、普通科生のような共有体験を持ち得ずに育つ。故に悟克学園での三年間は、彼らにとってより濃密で、より重要なものとなる――少なくとも大人たちにはそう期待されている。
 いずれにせよ、予め敷かれたレールに則って行動することを求められる少年少女にとって、所属すべき共同体は明確だ――普通科であれ特審科であれ。
 とは言え、常に例外は存在する。例えば特審科一年、舞旗櫃(まいはたひつぎ)のような。
 彼の立場は少々複雑だった。現在、櫃は母方の姓を名乗っている。というかそもそも父親の顔も名も彼は知らないのだ。彼の母は父について一切を語らないので、結婚していたのかすら定かではない――しかし、ジーンバンクを通した人工受胎でなかったことだけははっきりしている。父に関する一切の記録がないからだ。あるいは行きずりの一夜で生まれたのかもしれない。
 しかし、母の弟――すなわち彼の叔父はとある企業の重要人物らしく。櫃がこの悟克学園に入学したことは、国家と叔父との間で交渉チャンネルを確保したいという意向と同時に人質としての役割も持っている、らしい。
 らしい、というのは彼には叔父の記憶もほぼ皆無だからで――とは言え、母と写っている写真やWebのニュース動画で見る叔父は、確かに母に――そして彼に似ていなくもなかった。櫃は眼鏡はかけていないし、いつも口元に笑みを貼りつけているわけでもないのだが。
 そんな彼と叔父との唯一の接点は、学園に入学が決まったときに贈られてきたよくわからない抽象画ぐらいのものだった。なにか発振器や盗聴器の類が仕掛けられていないか、さんざん精査された後にただの真作(マグリットらしい)と判断されたそれは、母の意志によってどこかの美術館に売られ、その代金は彼の貯金になった。そういう意味では、櫃は叔父から支援を受けたとは言える。貯金はロックされているので卒業までは自由にできないし、そもそも寮住まいではあまり使う場もないので実感はないのだが。
 なお、母は現在仕事で海外に赴任しており、少なくとも彼が卒業するまでは帰ってこない。もともと忙しい人で、櫃を育てるのもハウスキーパーや施設任せだったところが多い――故に、彼としてもさほど現状を寂しいとは思っていなかった。
 むしろ問題は、別のところにある。
 例えば――窓際の一番後ろの席で机に突っ伏している、とある同級生に。
 授業中にもかかわらず、ストレートの黒髪が机の周囲に広がるのもお構いなしに、微動だにせず眠り続ける少女に。
 彼女の名を、七霧速日(なぎりはやひ)という。

 問題について語る前に、彼と七霧の出会いについて語っておこう。
 彼が入学して特審科に放り込まれたのは、前述のように叔父の存在によるところが大きい――というかそれがほぼ全てだ。
 何故断言できるか。簡単な話で、舞旗櫃にはいかなる異能もなかった。付け加えれば陽性ですらない。
 そのうち普通に結婚して、普通に子供を作れるただの少年にすぎない――少なくとも、健康診断の結果ではそういうことになっていた。
 一方、周囲は全員が異能持ち、あるいはそれに準ずる素質を持つと見なされた連中である。
 当然、話が合うはずもなく。
 入学初日、自己紹介を終えた瞬間から彼は孤立していた。
 そんな彼を、窓際の席からじっと見ていたのが、彼女だった。
 何をつぶやくわけでもない。軽蔑するでも憐れむでもない。
 ただ、観察されていた。
 花瓶を見るように。壁の材質を推し量るように。
 その視線が――彼には一番怖かったので。
 櫃は、この少女にはなるべく近づかないようにしようと思った。
 
 思ったのだが。
 放課後、クラス委員に任命された勾津圭人(まがつけいと)が、彼に声をかけてきた。
 短く刈った頭に引き締まった体、いかにも「護国の学生」っぽい快活な男だ。
 ――なお、悟克という校名が当て字であることは半ば公然の秘密であり、MDFから派遣されている一部の教師はホームルームの談話では常に護国の字を当てて話すと噂されていた。
 成り立ち故に、そういう校風であること自体は櫃にとって驚きではない――嬉しいかどうかは別の話だが。
「まだお前どこに入るとか決めてないんだろ? これから部活見学行くんだけど、一緒に行かね」
 普通科特審科問わず、悟克の学生は何らかのサークルに所属することが義務付けられていた。
 部活動、同好会の勧誘を入学式の後にやっていたのを思い出したが、正直なところどのサークルも気が進まない。
「勾津くんはどこを見に行くの?」
「今日は剣道部だな。武道はどうせ授業でもやらされるし、中学でもやってたし」
「僕は格闘技はあまり……」
 もともと腕力のあるほうではないし、なるべく疲れたり痛かったりする部活は避けたい。
「舞旗は文化系か……まあともかく、一人じゃ俺もちょっとおっかねえし、今日だけでも付き合ってくれよ。お前が見たいとこは今度付き合ってやるからさ」
「……そこまで言うなら」
 と、一緒に見学することにした。勾津は見た目通りさっぱりした性格のようだ。
 自分とは正反対だなあ、と櫃は彼に聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。
「ん、なんか言った?」
「いや、なんでも――じゃあ、行こうか」

 正直、彼らは侮っていた。
 多くのMDF軍人や警察官の卵を毎年送り出す悟克学園の格闘技系部活動というものが、どれほどのものかを。
「……勾津」
「あ? どうした?」
「ごめん……見てるだけで卒倒しそう」
 剣道特有の野太さと甲高さが同居する叫び声と師範や先輩の罵声が飛び交う武道場はさながら修羅の国。
「マジかよ」
「マジ」
「あー……でも、確かにこりゃ激しいな。この稽古はおれでも死ぬわ」
 見ると、勾津の顔も若干青ざめている。
「君でも……マジ?」
「マジ」
「……入るの、やめるの」
「あー……どうすっかね……明日、柔道部も見てから決めるかな」
 そうこう言っているうちに稽古が終わり、居合道研究会――という団体が入れ替わりで入ってきた。
 剣道部からそのままそちらに参加する生徒もいるようだ。タフすぎる。
 しかし、部でも同好会でもなく――研究会?
 なんとなく辞去のタイミングを失った櫃(慣れない正座で足が痺れて立てなかった)は、そのまま彼らの演武を見ていくことにした。
「勾津、君は?」
「ん……」
 何やら様子がおかしい。じっと入ってきた先輩たちを見ている。
「どうしたの」
「いや――あいつ、うちの組の女子じゃね?」
 見ると――上座、師範の隣に座ったのは、一人の少女だった。
「あ」
 白い胴衣と黒い袴を身につけた彼女の名は――憶えている。
 七霧――七霧速日。

 最初は、妙な刀を持ってるなあ、と思った。
 師範や、他の生徒が腰にさしているものと、明らかに形が違う。
 具体的には柄が長い。
 約六十センチというところだろうか?
 握り拳にして七、八個分はありそうだ。
 刃もそれ相応に長いが――普通の刀よりはむしろ薙刀に近いような、そんなバランスだった。
 いわゆる日本刀、といって想像するものよりはもっと昔の、中世の太刀に近いのだろうか?
 あるいは長巻、というのだったか――刀と薙刀の中間のような武器。
 そういったものを思わせる形状。
 それを、体格のさほど大きくない少女が、腰に佩いている――いや、吊っている。
 帯にさすのではなく、金具で鞘を吊っていた。
 刀の反りは下を向いていた。これも他の人たちとは違う。
(勾津くん)
(ああ?)
 囁き声で、櫃は勾津に質問した。
(あれ、君なら居合で抜ける?)
 どうみたって、あの細腕ではまともに抜いたり振り回したりできそうにない。
(無理。つか、あれどう見ても骨董品じゃねーか。演武で使うような代物じゃ――)
 はっ、とそこで彼は息を飲んで、喋るのをやめた。
「……そこ、静かに」
 師範から重々しく注意が彼らに放たれ、櫃も追求を止める。
 ――そして、演武が始まった。 
 打太刀は、師範。
 仕太刀は――七霧。
 その瞬間。
 眼が、おかしくなったのかと思った。
 打太刀――上段から。
 一切のぶれ無く、流れるように切りつける。
 少女の鼻先に届くかと見えた――その刹那。
 仕太刀。
 一分の隙も無駄もない動きによって。
 長鞘から滑るように現れた閃きが、模造刀を受け止めたと見るや――
 一瞬で、閃いた刃が師範の眉間を捉えていた。
 まさに寸前でぴたりと止められたその刃は――明らかに師範の刀と異なる、寒々しい光を放っていた。
「……おいおい、真剣かよ」
 勾津のつぶやきが櫃の耳を叩くが、それすらも眼前の光景から心を奪うには至らない。
 魔法のような所作だった。 
 少女が恐るべき速度で刃を滑らせ抜ききった瞬間、鞘に添えられていた手は魔法のように柄に吸い付いていた。
 しかもあきらかに両手向きの長大な刀でありながら――片手だけで抜ききってみせた。
 それでいて、所作の前も後も微動だにしない。
 少女の細腕が、完全に刀の重量と動きをコントロールしていた。
 達人と呼ぶしか無い、業の速度と冴え。
 そして、何よりも。
 少女の、立ち居振る舞いと横顔。
 その全てが――綺麗だと、思った。
 思ってしまった。
 
 ――それが、始まりだった。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック