創作「桃泉学園事件簿(1)」

2月19日まとめページ新設に伴い再編。

「桃泉学園事件簿」

「夏目/丹羽/入江」

――それは、連休の前のちょっとした出来事。
昼下がりの並木道。春風は時にまだ強く木々の間を吹きぬける。
日差しが強い日には暑苦しい校舎を出て、俺はよくここを歩く。
部室へ行くには必ず通る道だったが、同時にちょっとした憩いの空間でもあった。
今は部室まで忘れ物を取りに行った帰り。
「あー、昼飯食い損ねた……」
弁当は既に休憩時間に消費済み。
昼は購買で済まそうと思ったものの、途中で教科書が部室に置きっぱなしと気づいたときには
既に昼休みの残りはギリギリだった。
普通の授業なら隣から借りて済ますところだが、今日は生憎「死人でも泣く」と異名を取る
極悪教師の有難い講義である。
忘れました、などと言おうものならどんな目に合うか分かったものではない。
とっとと校舎へ――と足を速めたその時、前を歩く人影に気づく。
「――丹羽さん?」
クラスメートの中でも、とある理由から彼女は良く目立つほうだ。
普段あまり興味の無い俺でも、後姿でそれと分かるほどに。
それは纏う空気の違い。一言で言って気品。
だが、今日の彼女は何処と無く奇妙だった。
微妙に地に足がついていないような――
と俺が感じた瞬間、気まぐれな一陣の風。
「あ?」
ゆらり、あるいはくらり、と目の前の少女は――
唐突に、樹影の中に崩れ落ちた。
塩の柱が、雨によって地上から拭い去られたような――
あるいは風が、熱気の中の陽炎を吹き散らすかのように。
「おいっ!大丈夫かっ……あらら」
どうやらすでに気を失っているらしい。ちらりと見た顔色は少々青い。
「貧血か?しょーがねえな……よっ、と」
腕を持ち上げてかついで。そのまま一気に背負う。
教科書はズボンとベルトの間に無理やり挟んだ。既にヨレヨレの冊子が一層アレな感じになるが、優先順位を考えれば止むを得ない。
背負った少女の身体は、びっくりするほど軽かった。
「お……思ったより軽くて助かったっ、とぉ」
でも、背中に感じるボリュームからすると、もっと重くてもいいのでは、とか。
……妄想やめ俺。
気を取り直して、そのまま走り出す。こんなときの行き先は、どっちにしても一つしかない。
「はいはいすいません、急患でーす、通して!」
声を出す理由の半分は照れ隠しなのだが。
保健室の扉は幸い引き戸だったので足で引っかけて開ける。
マナーは悪いが、まあ緊急避難という事で。
「すいませーん……あー、またかよ先生」
正面の机には、突っ伏して動かない女医がひとり。
午後の日を浴びてまどろんでいる。
かなり幸せそう。
「ぬくぬくしてんなあ……」
「……んあ?誰よ?……なんだ夏目か、つまらん」
じろり、と顔だけ上げて俺を眼鏡越しに睨む。
五月にして既に保健室の常連な自分。
べつに喧嘩好きなわけでも病弱なわけでもない。
見た目怠惰極まりないこの保健教師は、俺が所属するサークルの顧問なのだった。
と言っても、顧問らしいことをしているのは何一つ見たことが無いが。
サークル関連の実務はもう一人、サークルの「会長」を名乗るある教師に全て押し付けている。彼女は打ち上げとか楽しいこと以外はほぼノータッチ、とは先輩の言葉だった。
ミナ・入江・アムネリア。某国出身の年齢経歴ともに不詳。
本人によれば「摘み頃の果実」だそうだが、そのあまりに刺激的な性格をわずか一月で把握済みの俺にしてみればむしろ熟しすぎの色ボケ教師。
ドリアンとかマンゴーとか、食べ方にコツのいるトロピカルフルーツな感じ――
ばきり。
と、眼を合わせたとたんいきなりグーで殴られた。
「いてえ!いきなりなにすんですかー!」
「なんか悪口言われたような気がするわ」
「脳内の独白を勝手に受信しないで下さい。電波法違反ですよ?」
「違反は電波だだ漏れのお前の貧しい脳みそ自体だ」
「つーか先生、寝てましたね?」
「馬鹿、考え事考え事沈思黙考」
先生、額に跡ついてますが。後ヨダレも。
「で、用件は……聞くまでもないか。ベッドに寝かせな」
カーテンの奥に彼女を降ろしたとたん、しくしくと背中と腰が痛んできた。
「あー……腰がなんかいてえ」
ずっと走ってきたあげく、緊張が急に解けたせいだろうか。
「ジジくさいねえ、若者の癖に」
「普段使わない筋肉が痛いんですって……」
「あーやだやだ童貞はこれだから。腰は鍛えとけって普段から言ってるだろうが」
「先生、セクハラが相変わらず得意ですね……」
もうだいぶこのやり取りにも慣れた。
「餓えた男子高校生なんぞ存在自体がセクハラだっつーの。生きてるだけで逮捕されないのに感謝しな」
「俺は別に餓えてないんですが。先生にまだ殺されてないことには日々感謝してますけど」
「お望みなら今日をあんたの命日にしてやるよ?ま、飢えが無いっつーのは自分をまだ良く知らないだけさね、童貞ちゃん」
「童貞ちゃん言うな」
自分を知らないって言われても意味不明だし。
「……つーかそんなことより、彼女大丈夫ですか?」
「さて?まあ、まだこの時期に日射病でもないさね。ただの貧血、お年頃の女の子にゃ良くある事さ」
「え……ダイエット中、とか?」
「……あんたはほんっとに馬鹿だねえ。まあ、いいやそれでも」
でも節穴だよあんたの眼は、とぼそりと呟いたのが聞こえた。
つーか聞かせるように言った、絶対。
「なんでだよ?」
まあそれはそれとして、と女医は話題を変える。
「なんであんたは後ろをぼさっと歩いてたのさ。ストーキング?」
「違います!俺は……あ?」
時計が目に入る。今は……昼休み……ではない。
既に。
「すいません、用事思い出したんで失礼します!!」
脱兎。でも多分、死亡確定。

扉も閉めずに辞去した少年を、ミナは呆れ返った目で見送る。
視線を室内に移して、今度はひとつ溜息。
「おーい……教科書、忘れていきやがったし。そもそもこれが必要だったんじゃないのかねえ?しょーがねえお子様だよ」
ひとりごちるミナの背後で、奥のカーテンがゆっくり開いた。
「……保健室に、どうしてわたしがいるのでしょうか、先生?」
「あら、お姫様もお目覚め?大丈夫かしら、桜子さん」
ベッドに腰掛けた状態で、少女はミナの顔を不思議そうに見ていた。
「ええ……すみません、何かご迷惑をおかけしましたようですね」
まだ少々ぼんやりしているらしい。
「貧血で倒れたのよ。憶えてない?親切な童貞君が運んでくれたみたい」
「そう、ですか……?並木道に出たのは憶えているのですけれど」
ミナのあまり品の良くない言葉遣いはさらりと流された。
まあこの子は大体いつもこんな感じだっけ、と彼女は日常の光景を思い浮かべる。
「……何に根を詰めてるのかは知らないけど、あまり無理はしないようにね。重い日なら尚更」
「すみません。朝は大丈夫だと思っていたのですが……あら?」
眼に生気が戻ったな、とミナは思った。おやおや?
「それ、教科書……ですか?」
「YES。あー、改めてみるとほんっとに汚いわね……牛が噛んだみたいによれよれじゃないさ?」
少女はしばらくその物体を眺めていたが、やがてそっと微笑んだ。
「……その状態に陥った教科書には見覚えがあります。後でお礼しないといけませんね」
「感謝の気持ちは無駄遣いしないほうがいいと思うけどねえ。ま、あなたの謝意がどこに向かおうとあたしはかまわないけどさ。持ち主の名前、聞きたい?」
「大丈夫ですよ?クラスメートの名前は全員憶えていますから」
「クラスメートだから?」
「ええ、そうですわ。ふふっ――」
「嬉しそうね」
「そうでしょうか?――そうかもしれませんね」
くすり、と笑う少女の顔は屈託がなかったけれど、ミナは何処かに違和感を感じた。
その理由までは判らなかったけれど。せいぜい思いつく理由といえば。
「まさか、この子があの童貞ちゃんを……?釣り合わねえ……」
という客観的に見て厳然たる事実ぐらい。
「……ま、蓼食う虫もなんとやら、だがねえ?」
だから、まあ良くある男女間の問題の範疇だろう、と、そう結論づけた。
その時は。

「夏目小太郎/夏目仄花/水無杏/刈部雄三/成宮徹」

「おにーちゃん、朝だよぅ?」
――耳元で少女の声が響く。
呆れたような、だが何処となく甘えたような。
「んあ……ほのか?」
ああ、妹よ。お前の声はいつも耳に優しいな……
「後五分……」
「駄目っ!」
ずどん。脇腹に蹴り一発。
一瞬で俺の要望は却下され希望は粉砕された。
我が妹ながらスピードといい角度といい申し分ない蹴りだった。拍手して褒め称えてやりたいぐらい。
……被害者が俺でさえなければだが。
「ぐふぉおおッ!」
俺は呼吸も出来ずベッドの上をのたうち回る。
「お、お前っ……布団の上からとはいえ……少しは遠慮しろ……」
「いーから!ごはん早く食べてよぅ。連休明け早々、遅刻しても知らないよ?」
行動はちっとも優しくないのが我が妹、夏目仄花だった。
「……あいよ」
ずきずき痛む脇を抱えたまま、起きあがって恐る恐る伸びをしてみる。
とりあえず肋骨も内臓も無事なようだが、蹴られた部分は伸びるときみしみしみし、とかなり嫌な音をたてた。
断続的な痛みと欠伸をこらえながら居間に降りると、仄花は何故か歯ブラシを口にくわえて待っていた。
髪の毛は文字どおり爆発状態。しかもパジャマの胸ははだけて白い肌が微妙に覗いている。
……微妙に。いや、そもそも兄の前と言えその格好は年ごろの娘さんとしては無防備すぎないか。
普段から実年齢より幼く見える仄花だがそれでは本当にまだ小学生に……いや、思ったよりは?
「……どこ見てんのよ?」
あ。つい見入っちゃった。
「ちょっとぉ……まだ寝ぼけてるの?はい、これ」
どん、とテーブルの上に置かれたのは「レンジ使用可」のタッパーに入ったまんまのお惣菜。
基本的に昨日の残りだ。ちなみに作ったのは俺だが。
「ご飯は自分でついでよ。おかずはチンしてね。あたしはもう食べちゃったから」
「……仄花は何食ったんだ?」
「あたしはトーストだけでいいもん。こっちはおにーちゃん食べてよ」
「なんだ?そんだけで足りるのか」
「あたしだって他にいろいろ準備あるもん。杏(あん)ちゃんと待ち合わせしてるし時間ないんだから……ほんとにちゃんとしてよね?いつもいつもあたしに起こされてないで」
後半のグチはいつものことなのでスルーしつつ疑問を呈してみる。
「まーな。でも朝はちゃんと食ったほうがいいぞ?」
「だいじょぶよトースト四枚食べたから。おにーちゃんも急いでよっ」
 妹はそう言い残して洗面所に消えた。
「そういう問題ではないような気もするが……ま、いいか」
惣菜を温めなおしてからもくもくとご飯を食べていると、着替え終えた仄花がまた現れる。
「ところでおにーちゃん?さっきあたしの胸見てたでしょ」
ぎくり。
「……さて何のことやら俺にはさっぱり」
実の所、中とか先までは見てませんが面は見えました、はい。
「……えっち。スケベきもい!人間のくず!フンコロガシ!」
……何も言わずとも表情で既にばれているらしい。
「何故にフンコロガシ……?ていうかいきなり人間の屑まで堕ちるのかっ!」
でもスカラベはエジプトでは聖なる生き物だしある意味褒められてるのかも?
などとボケる暇は与えられなかった。
「なにさ、どうせえっちなこと考えてたんでしょ変態!」
「いや、二年生になっても相変わらずお前は胸ねえなー……って!いてえ!足、足ぃっ!」
どしん、と思いっきり踵で足の甲を踏まれた。
「こっ……これから成長するんだもん!小太郎のぶぁーかばーか!遅刻しちゃえ!」
本当に激昂するともはやおにーちゃんとすら呼んでくれない。
しかしながら、だといって先に出ようとはしないのが仄花だ。
なんだかんだ言いつつも俺と一緒に行きたいらしい。
……まあ、そんな所だけは可愛いと思わなくもない。
足は痛いけど。
「足なんて歩いてるうちに直るわよ!はーやーくしてよ時間ないんだからね!」
流石にそこまで簡単に直りはしないと思うけど。
まあ、せいぜい急いで準備するとしますか。

「……まあしかし、これも兄としての人徳だな、うん」
学園に向かって妹の隣を歩きながら俺は一人頷く。
「……なにぶつぶつ言ってるのおにーちゃん?キモイよ?」
「くっ……妹の罵倒を右から左に受け流すのも兄としての努めっ……」
「あー杏ちゃん!おっはよー!」
スルーですかそうですか。たったか小走りで妹は親友と合流する。
「おはよー。お兄さんもおはようございまーす」
「おはよう。杏ちゃんはウチの妹と違って礼儀ただ」
がいん。一瞬脳が揺れた。
今度はグーパンチが顎に飛んできたらしい。ちと手が早くないか妹よ。
……空手なんぞ妹に習わせるものではないと俺は思った。
杏ちゃんこと水無杏は小学校の頃から妹の親友だ。
桃泉の中等部に入るときも相談して一緒に決めたのだという。
うちはともかく、向こうの親は良く認めたよなあと俺は思うのだが、まあ実家が近いから、と言うのがおそらく一番の理由だろうか。
「中高一貫指導により全世界に通用する人材育成を」をうたい文句にする私立桃泉学園。
生徒総数は五千名を軽く超える巨大教育機関。
その題目の胡散臭さはともかくとして、あらゆるスポーツ施設から学生寮まで完備した教育環境は国内トップレベル。
また、優秀な生徒には惜しみなく奨学金が支払われるため、全国から実に様々な学生が集まるのがこの学園だが、少なくとも彼等兄妹や杏に関しては選んだ理由は単に近いからだ。
首都圏のベッドタウンと田園地帯のちょうど境目。頓挫したテーマパーク用地だった広大な敷地を、かの篠森財閥が買い取ってこの学園を作り上げたのが今から十五年前。
敷地の端は毎年遭難者の出る山塊に連なり、敷地内には毎年誰かが溺れかける人工の湖と川までも造られた。
一言で言って、無いものは無い。学園内に駐在さんと消防隊が常駐しているくらい。市役所の支所まであったりする。購買部はちょっとした百貨店並、診療所にも著名な大学病院レベルの機器が完備しているらしい。
学園の伝説によれば診療所の地下にはP3施設だの精神科の隔離病棟があるとかないとか。
ともかく、学園の評判は輩出したOBの活躍もあってここ数年は上がりまくり。当然ながら、入学を見込んで近隣に転居してくる家族も後を絶たないため地価も上がりまくり。
夏目家や水無家のような古参組はむしろ少数派。人口の増加とともに地元商店街も様変わりしつつあるようだ。
水無家は地元で三代を経た酒屋だが、価格競争では大手量販店と争うのはやはり難しいらしい。だから好き者向けにマニアックな銘柄を入れて固定客を押さえるんです、と杏ちゃんは言っていた。
さて、キリンでもそのまま通れそうな学園正門のアーチをくぐった所で俺を呼ぶ声。
「おーす、小太郎」
「おはよう、夏目くん」
「おーう」
高等部の校舎へ向かう道で合流したのは刈部雄三と成宮徹。二人とも学生寮の住人だ。
ちなみに寮は生徒に対する嫌がらせの如く、敷地の一番校舎から遠い場所に建てられている。何しろ広大な学園ゆえ、寮住まいといっても朝はそれなりの時間に出なければ間に合わないのだ。実の所、小太郎も家から学園正門までの距離より、門をくぐってから校舎まで歩く距離のほうが長いのである。
道の両脇には落葉樹が並び立ち、白い道に落ちる朝の光のかたちを様々に変えていく。
朝の並木通りはこの学園で一番人口密度が高いが、それでも道幅には十分な余裕がある。
この道が学園の大動脈である以上当然でもあったが、噂によればこれは有事の際戦車が通行可能なように作られた結果だともいう。
……如何なる状況下でここを戦車が通るのやら、と思わなくも無い。
しかしその噂を裏付けるかの如く、敷き詰められているのはアスファルトではなく分厚いコンクリートブロックなのだった。
「おー、小太郎、何足ひきずってんの?」
「……象に踏まれた」
「象?あーまた仄花ちゃんとケンカしたのかよ。どうせお前がなんか言って虐待したんだろ?あんな天使みたいな可愛い子を捕まえて非道い兄だよお前は」
「人にDVの罪を勝手に着せるな雄三。なんか言ったのは否定はしないが、虐めたわけじゃないぞ」
むしろ被害者はこちらではないかと思う。
実際仄花はいろんなトコがちっさいので象というより猫とか仔犬とかのほうが適切ではあろうけど。
……まあ確かに、兄の贔屓目もあるにせよ可愛いほうだとは思う。だが天使のようだという雄三には到底賛成できない。
同学年では二番目に昔から小太郎を知っている腐れ縁ではあるが、こいつは昔から仄花にだだ甘いのだ。
たぶん惚れてるんだろうとは思うのだが、肝心の仄花に全く脈が無いのに加え、普段の言動や図体に似合わず小心者ゆえ、未だに何も進展していない。
昔から柔道をやってるし他のスポーツもほぼ万能。見た目も性格もちょっと濃いのを無視すれば決して悪くはないのだが、女性に対してはチキンそのものだった。
多分相性の良い女性を見つける眼も無いんだろう。そうとしか思えない。
ちなみにクラス内での評価は「スキルの割に報われない奴」だそうだ。
「ふ、仄花が天使に見えるとは……お前の眼はオウムガイ並だな」
「どういう意味だよ?また解りづらい例えを……」
「……単純に言えばあまり性能は良くない、ということかな。ちなみにオウムガイの眼は『窩眼』といって原始的な単眼の一種。彼等の世界は常にぼやけた不鮮明なものとして存在するらしいね」
「……的確な説明さんきゅ」
淡々と情報を補足するのは成宮徹。雄三と徹は実家が遠いため学生寮の同部屋に入っている。俺が知り合ったのは雄三を介してだが、クラスが三人とも同じだったこともあり入学後一月を経ずして親友と言っていい間柄になった。
雄三とは正反対の控えめな性格とさっぱりした細面の顔という事もあり、結構女受けは良さそうじゃないかと思うのだが、普段は眼鏡をかけていることもあってか第一印象は地味そのもの。第二第三も以下同文。クラス内での評価は「ぼーっとしてる奴」「人に興味の無い奴」である。
たぶん好意を抱かれていると思しきクラスの女子に話しかけられても、結局普段と変わらぬ小声でぼそぼそと喋っていた。故に女子全体からは微妙に印象が良くないようだ。まあ、俺から見てもクールというよりちとそっけなさすぎる気もする。
恐らく雄三とは別の理由で女性が苦手……と言うか、むしろ最初から無関心なのだろう。
だがしかし、普段からぼーっとしているかと思いきや、先ほどのように意外な話題に対して鋭い一言を放つのであなどれない。
あと三人のなかでは一番頭がいいので、よく俺と雄三には宿題を見せろと迫られているが嫌がりもせず見せてくれる出来た男だ。
……実は影で恨まれてたり軽蔑されてたりするかもしれないが、何しろ本心をあまり語らない奴なので良く判らないのだった。
並木通りをしばらく行くと右への別れ道。中等部の校舎は高等部の手前にある。
ここで前を行く二人とはしばしお別れだ。
「おにーちゃん、じゃあ行くね」
「いってきまーす」
杏ちゃんと一緒にそちらへ駆け去ろうとする仄花の背中に、雄三が何を思ったか声をかけた。
「おーい、兄貴が仄花ちゃんの事を象だって言ってたけど」
「あ、こら」
ひゅん。
音速の如きスピードで石が頭をかすめた。
どう見ても握りこぶし程はあった。
かなりの殺意を感じざるを得ない。
つーか、手にして投げるモーションが殆ど見えませんでした。
……そんな技を教えた覚えはないのだが。
「最近(体重増えたのを)気にしてるのに……ばか小太郎!」
「……ほのちゃん、それ石おっきいよ死んじゃうよ死んじゃうよっ」
「い゛-のっ!ばかばかばかにいっ!もう知らない!」
……親指を下に思いっきりぐりん、と捻ってから去っていった。
あれも教えてないんだけどなあ。どこからああいう悪い仕草を学ぶのだろう。
「……やはり深夜アニメとか?」
「何をぶつぶつ言ってる。象扱いしたのがやはり気に入らなかったようだな。ははっ仄花ちゃんを虐めた天罰だ小太郎!」
雄三は高笑いしつつ一人で納得している。いやむしろお前のせいだから。
しかもそれならば、象と聞いて仄花を真っ先に連想した雄三、お前は何だ。
「むしろ俺より罪深いのではないか」
「そーいう問題でもないと思うよ、僕」
徹がぽつりと、微妙に呆れた顔で言った。
ちなみに、そんな俺のクラス内での評価は、雄三が聞いたところによると「真面目そうで実は不真面目な奴」らしい。
……まあ、大きく外れてはいないと思う。
結局の所、他人の眼というのは――多くの場合、自己評価より正確に自分を捉えているものだし。

――だから俺が。
その事実を文字通り骨身に沁みて思い知らされることになった、この夏の出来事も。
今考えれば、必然かつ当然であり――そして何より、俺のその不真面目さ故にこそ、起きるべくして起きたのだろう。

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