創作「桃泉学園事件簿(7)」

「夏目小太郎/成宮徹」

 放課後、小太郎が現場を覗いてみると、現場には既にロープが張られていた。
 橋の近辺は立ち入り禁止。まあ予想通りではある。
 副会長にでも掛け合ってみるか――とも思ったが、自分に判るような証拠ならば、そもそも既に警察が見つけているだろうと考え直した。
 よしんば新しい情報が出たとしても、生徒会からある程度の話は聞けるはずだ。
 来た道とは別の道を通って森を抜ける。
 足は学生寮や教員住宅の建ち並ぶ学園敷地の北西地区に向いていた。
 男子寮や女子寮の人間から、何か話を聞けるかもしれない。 
 知人を捕まえるのが一番早いのだけど――と思っていたところに、早速一人現れた。
「よう、徹」
 眼鏡の奥の瞳をぱちくりとさせた後、成宮徹は笑う。
「――小太郎? どうしたの、散歩かい」
「お前こそ、礼拝堂の前で何してんの」
「ちょっと、神父さんに用事を頼まれてね」
「徹、あの兄ちゃんと親しいのか?」
 礼拝堂にくっついている教会には一人の神父が住んでいる。確かまだ若い。
 学園の敷地を越えた北側には、道路をはさんで外人墓地があるのだが、そこの管理者も兼ねているのだという。
 何故特に宗教色のないこの学園に礼拝堂が、という話は少々ややこしい。 
 学園創始者たる篠森雷鳥は、特にクリスチャンというわけでも無かったようだ。
 しかし、この学園を立ち上げる際、当時からこの地にあった教会が、用地買収に応じる代償として礼拝堂を学園の敷地内に存続させること、及び年間カリキュラムのどこかに神学に関する枠を設けることを条件に持ち出してきたため、今のような形になったのだという。
「そういうわけでもないけど――僕は英語で会話できるから、かな?」
「――あの兄ちゃん、前購買で普通に日本語喋ってたぞ?」
 金色の長髪、かつ長身とあって、オリヴァー神父――たしかそんな名前だったと思う――は女生徒の間では結構人気がある。いつもニコニコしている所しか見たことがないから、恐らく性格も温厚なのだろう。
「英語で喋りたい時もあるみたいだよ」
 成程、そういうものかもしれない。
「で? どっか行くのか」
「いや、用事はもう済んだよ」
 ならば丁度良い。こいつに聞いてみよう。
「徹、二年の四條さんって知ってるか」
「……今回発見されたっていう人のこと? みんなから聞いた程度の事しか知らないけどね」
 図書委員。友人は少ない。寮生。同室の女生徒は現在、部活中の怪我で入院中。
 ほとんどの話は小太郎もすでに収集済だった。
「――でも、不思議だね」
 何がだよ、と聞き返す小太郎に、徹は微妙な口調で答える。
「何人かから今みたいな話を聞いたけど、みんな同じ事しか言わないからさ――親しい人も少なかったんだろうけど、かといって嫌われてるわけでもないみたいだ」
 そう言えばそうだな。皆判を押したように同じ表現ばかり――鷲尾さんのときも、そうだったろうか?
「――徹は、何か引っかかるのか? それが」
「いや、別に。そんな人もいるんだね、って話さ。周りの人にとっては、彼女は居ても居なくてもさほど変わらない存在だったのかもね」
「――なんか、それって寂しい話だな」
「例えば、神様なんかもそうだね。神を信じる人が一人も居なくなれば、実際にどうであれその神さまは死んだと同じなのかもしれない」
「いきなり話が飛ぶな……お前、宗教の人だったの?」
 て言うか、その繋がりだと四條さんが神様ってことになるんだが。
「……僕の母親は、信心深い人でね。でも、彼女の神様は、結局何処にも居なかったよ」
「…………なんか、重いな」
 ああ、ごめん、と徹は笑う。
「何か暗い話しちゃったね――君の話が聴きたいな。千鶴さんは元気かい? こないだデートしたって聞いたけど」
 いきなり話題を変えたと思ったらなんの話をしますかこの男は。
「デートじゃねえよ。買い物に付き合っただけだ」
「ふうん? まあ、いいけどね。君は、これからどうするのかな――」
「――なんだよ?」
 何をどうするというのだろう。
「いや、最近丹羽さんとも仲が良いと聞くし」
「……ななななななにをいいだすのかなあこやつめははは」
 ふーん、とやや冷たい眼で徹は小太郎を見る。
 なぜだと問い返したい。
「……ま、結局どんな結果も君の選択次第なんだけどね」
「……何が言いたいんだよ」
 丹羽さんと千鶴を天秤にかけているような言い方はやめて欲しい。
 しかし、改めてみると、こいつ――
「……徹、風邪でもひいてるのか?顔色悪いぞ」
「あは、やっぱり調子悪そうに見える? うん、ちょっと風邪気味でね。雄三に移さないように気をつけるよ」
「ああ、そうか……早めに寝ろよ」
「そうするよ――ありがとう、小太郎」
 そう言って、小太郎は彼と別れた。
「……しかし、なんだって丹羽さんの話なんて聞いてくるかなあ」
 今重要なのは事件の話題であって、自分の女性関係の話などではないのに。
 大体別に、丹羽桜子のことなんて自分は――とは、言え。
「……んー」
 確かに、それはそれで、気になる事ではあったのだった。


「篠森雛乃/志村響子」

「……こんなところにいたのね」
「あら。おはようございます、会長」
「おはようと言うにはいささか遅すぎるわね、響子」
 昼休みの屋上。
 雛乃が見下ろす女性は、ちょうど日陰になる壁際で寝転がって空を見ていた。
 ご丁寧にビニールシートがきちんと敷かれている。
「午前中は姿を見なかったようだけど」
「本日は自主休講です」
「……入江の姉とあなたは気が会いそうね」
「そうですね。ミナさんとはたまにお昼寝の場所の取り合いになるんですよ」
 眼鏡の奥の表情にはまったく悪びれる様子がない。
「……まあ、貴方の成績なら多少休んだところで心配はないでしょうけど」
 はあ、と雛乃は溜息をつく。
「探していた理由と、貴方がサボる気になった理由は同じなのかしらね」
「……四條織江のことを、聴きに来たのでしょう?」
「図書委員長のあなたに、改めて聞くべきことは多いかもしれないわね」
「そうですね――」
 わずかに眼を細めて、彼女は考え込む。
「今日、改めて彼女のことを考えてみて、思ったんですよ。正直、四條さんについて、私は何も知らないとね」
 真面目だが、あまり人とうち解ける子ではなかったという。
 今までに他の委員からも聴取したが、みな言うことは同じだった。
「あえて付け加えるなら、彼女はハブられてたりいじめられてたわけじゃなくて、自らそういう位置にいることを望んでいた――ということぐらいでしょうか、ね」
「中等部との子の共通点、ではないわね……それは」
 鷲尾珠実はどちらかというと活動的な子だったようだし。
「そのようですね。しかし、会長も気苦労が絶えませんね――まあ、私たちももっと緊張すべきなのでしょうけど」
「学生が緊張など感じずに生活を送れる環境を整えるのが、生徒会や理事会の役目です。貴方の心配することではありませんよ」
 それには答えず、図書委員長――志村響子は立ち上がってスカートの埃を払うと、微笑んだ。
「これは心配ではなくエールですよ、会長。予めお伝えしておきますと、私の父は、理事会では常に会長の味方ですから――お忘れ無く」
 無論、私もですけどね――そう言って舌を出した。
 篠森の娘とは言え、学園統括理事会では一人の理事にすぎない。
 警察の介入規模はこれ以上広げたくはなかったが、理事会やPTAとの折衝次第ではどんな方向に流れてもおかしくはない。しかし、雛乃には当然ながら主導権を他の人間に渡す気などなかった。
「そのエールは、素直に受け取っておきましょう。ナスターシャもあなたくらい物わかりが良いといいのだけど」
「彼女はゴシップと公正な報道の違いくらいは知っていると思いますよ」
「知った上で敢えてゴシップを選ぶのが彼女だと、あなたも知っているでしょうに」
「それは反論できませんね……しかし、ゴシップの類とはいえ、気になりませんか、会長」
「……何が?」
 いや、雛乃にも本当はわかっているのだ。
 ただ、それを口に出すことで規定事実のようになってしまうこと――それが怖いだけで。
 しかし――それは確かに、噂の種になって当然の疑問ではあるのだった。
「今回の死体が四條さんだとするなら――」

 ならば――鷲尾珠実は今何処に、どんな状態で居るのか?





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