創作「いつでも君は、僕より優しい。(8)」

Chapter Ⅷ:interlogue

 ――市警の一個小隊が消息を絶って、既に16時間が経過しています。関東警察の皇統括本部長は先ほど声明を発表し、テロリストの行動を非難するとともに…………当局は現場から逃走した車両のナンバーと写真を公開し、情報を求めています。情報は110番、もしくは関東警察のHPまで――

「泡星の死体が見つかりました。死因は失血死」
「ふむ――アシャは?」
「両手両足の粉砕骨折で病院送りに」
「片方生かしたのは警告かね――能力を測られるのはお気に召さない、と。困るねえ――売りに出せない」
「今後も無為を追うおつもりですか?」
「まあ、出来る範囲でね。彼がエイレナイオスにいずれ滅ぼされるなら、その前にサンプルはこちらで頂いておきたいものだし……彼が今属している組織も知っておきたいね」
「――何処かの支援を受けているとお考えですか」
「そう考えるのが妥当だねえ。実際に何年生きているかは知らないが、噂通りなら二千年世界を経巡っていたわけだ。どこに知り合いがいても不思議じゃないし――何より『元』二枚貝だ。調査は必要だろう」
「了解しました。では、樹と周にはいかが対応いたしますか」
「さて――どうかな。AI6はともかく、周少年が無為――コード13より遺伝形質が優れている、というのであれば蒐集の価値はあるが――劣化コピーに過ぎないとすれば、どうだろうねえ」
「化物でなく、人間である――それだけで、価値はあるかもしれません」
「ほう? エスメラルダ、君はあの子が気に入ったのかい? 少年趣味だったとは知らなかったな」
「そういう意味での価値ではありません」
「冗談だよ。まあ、そうだねえ――普通、化物と交渉しようとは思わないよねえ」
 人間同士なら、殺し合う以外の道を見いだせる筈――舞旗はそんな理想を信じてはいない。
 しかし信じる者がいるという事実は利用できる。それだけの話。
 一片の信頼を持ち得るなら、舞旗は化物だろうと悪魔だろうと交渉の席につくだろう。
 契約は神聖なものだ。
 例え、地上に神は居なくとも。

 翌日の午前中。
 神無子は樹と寮へ帰る途中。
「かるぴすー♪ かるぴすー♪」
「……移動中くらい静かにしろ、樹」
「りょーかいなのです」
 車の後部座席で浮かれる樹に溜息をつく神無子。
 彼女は朝、課長たちと交わした話を思い出していた。
「周のライセンス停止を解除してください」
「……件、それは」 
 直接の上司である係長、犬伏源三を制したのは特計処務課長――狐尾遊負。
 外見こそ道化にしか見えないが、性根の恐ろしさは神無子も身に染みている。
「――神無子ちゃん。ライセンスの意味って、貴方は良く解っているはずよねえ?」
 致死許可証(ディクタット)。
「残存戦争」の後、減少の一途を辿る世界人口。
 それに伴って、各国では死刑そのものを廃止する動きが進んでいた。
 この国でも例外ではない。
 そうした状況下で、なお「人を死に至らしめる一切の行為を許可する」許可証と言うものの存在が、どれほどの重みを持つか。
 無論それは国内でしか通用せず――いや、所によっては国内ですら尊重されぬ法であり、むしろ強権による超法規の象徴として忌み嫌われる物ですらあったのだが――つまるところ、存在自体が一般人に不安と恐怖を与えるものであり――その所有者も、また然り。
 ましてや、その所有者がAI6を実質思うがままに使役できるとあっては――
「まだ、周も樹も直接やられたわけじゃないでしょ。わが国は専守防衛を旨としておりますのよ?」
「そう言っているうちに、樹を連れ去られても知りませんよ」
「大丈夫よぉ。周は大人しく指をくわえてみてるタマじゃないし――『鋏(シザー)』の使用まで禁止してるわけじゃないわ」
「それはわかっていますが――」
「君の心配は理解している、神無子。だが、ライセンスの扱いは中央でもしばしば論議の的になる。ことが明るみになった際、議会を刺激するような真似は出来んよ」
「彼らに生命の危険が生じたときの正当防衛は認められるでしょう」
「正当防衛なら、ライセンスはいらんよ――わかってるだろ、神無子」
「…………」
「大丈夫よ、神無子――あの子は、ライセンスが停止されてるという事実がある限り、『樹』を使おうとはしないわ――だから、貴方が考えるような危険はない。そうでしょ」
 樹が――AI6が暴走するような事態は生じない。
 周が樹のコントロールを失うような事態も、故に生じない。
「……それは、わかっています」
 嗚呼。
 解っているとも、そんなことは。
 後部座席の樹をつい睨んでしまう自分が情けない。
 
 だからこそ、危険なのだと。
 樹のためだからこそ――周は簡単に境界を超えるのだと。
 だからこそ、あの馬鹿はほうっておけないのだと。

「……神無子は具合が悪いのですか?」
「うん?」
「顔色がよくないのです」
 半分はお前のせいだ、とは言えず。
「……大丈夫よ、樹」
 フロントウインドウに、小さな溜息をついた。

 隠れ家の午後。
「コンスタン。聞かせて欲しいですね」
「何だね、バルシュカ」
「今回、指揮官は実のところ貴方ではない――そうですね?」
 コンスタン・ヴィルカは一つ咳をした。
「指揮、をどう定義するかによるな。わたしはただのまとめ役だ。『彼』は指揮しないしまとめもしない。ただ教会の敵を打ち倒す――そのためだけに来る。その意味では、私は指揮官であり――同時に、始末屋、掃除屋でもある。君の言うとおりだよ」
「――では、その『彼』は?」
「先日、SSUの西安支部を壊滅させたらしい。今頃はもう入国しているだろう。できれば来るまえに片をつけておきたかったがね」
「どうなると?」
「……最悪、この一帯は更地になるな」
 ――全ては塵に、全ては灰に。
「彼の名は?」
「――『左手の剣』」
 それは裁きの司。
 士師の名を継ぐものたちの、一人。

 実り少ない打ち合せの後。
 バルシュカは、とある携帯に電話する。
「……ああ、あなたですか」
 電波の向こう側、彼の声はどこか疲れていた。
「……寝ていたのですか」
「いえ……昨日、ちょっと」
 どこか歯切れが悪い。
「……? まあいいでしょう。周――考えは、まとまりましたか」
「――ええ。変わっていないという意味では」
「渡す気は、ないのですね」
「昔の貴方なら、その質問の愚を知っていたと思いますよ」
「……あなたは、あの頃から一つも変わって居ないですね。今も樹のナイト気取りですか」
「いいえ。僕は、うそつきの人形遣いです――ナイトを名乗る資格なんて、僕にはありません」
「……もし、まだ樹を渡す気があるなら――あるいは、我々と話し合う気があるなら」
 先日の美術館に、朝の8時――周と樹の二人だけで。
 明日は休館日。
 仮に何かが起ったとしても、被害は最小限だ。
「僕たちがこなければ?」
「別にあなたと樹には何も起こりません。ただし――特計の本部が不幸な事故で無くなるかもしれないですが」
「あなたがそういうことをするとは思っていませんでした」
 それが嘘であることを、バルシュカも周も知っている。
 バルシュカは何よりも神と職務にこそ忠実なこと。
 だからこそかつて、周は死の淵を見つめ――そして死なずにまだ生きているのだから。
「私が決めることではないですからね。『彼』が、もしそう決めれば私には逆らえない」
「――左手の剣、という人のことですか」
「……誰かに聞きましたか」
「昨日、ちょっと」
 彼を知るものなど、この国にはそう居ないはず。
 そもそもバルシュカですらよくは知らないのだ。
 ならば周にその情報を与えたのは誰か――という疑問も生じたが、とりあえず話を続ける。
「……そうですか。ならば理解していますね。『彼』には簡単に、それを実行できる力があると」
「そうかもしれませんね」  
「だから、今のうちに言っておきます。樹は、私たちとともに在ったほうが、幸せになれます」
 そして、感情を揺らさず、機械的に。
「あなたのエゴで、彼女を縛り付けるのはやめて欲しいのです」
 出来るだけ正確に、端的に。
「――あなたが、樹に悪い影響を与えているのです」
 それを自覚しなさいと、彼女は――告げる。
「私はあなたを信頼しています。きっと正しい決断ができると」
「――空虚な言葉ですね」
 
 ――そのとおり。
 周、私はあなたを信頼していない。
 その正義も、愛情も、憎悪すらも。
 あなたは――何より自分自身を信頼していないから。

「そうですね。では明日、待っています――周」
 電話を切って、リゼル・バルシュカは重い息をついた。

 夜。
 ベッドでも溜息をつく彼女に、同室の少女は反応する。
 少女にとって、音は表情より雄弁だ。
「眠れないの、リゼル?」
「……あなたこそ」
「彼は――来ると思います?」
「来るでしょうね……恐らく、私たちを殺し、あるいは捕らえに」
「……出来るの、あの人に」
「明日を逃せば出来ない。そのぐらいは頭にあるはずです」
「仲間を連れてくるかしら」
「釘を刺しておきました。彼ら以外の人間をつれてきたら、特計の本部を爆破すると」
「彼が信じると思うの?」
「特計はエイレナイオスと正面からやりあえる予算も人員もありません。互いがまともに戦う気なら、勝敗ははじめから決まっているのよ」
「……まともに、ならでしょう?」
「どういう意味?」
「わたしたちの死が、一般に知られない形なら――エイレナイオスは表立ってこの国に抗議できない」
 我々の死に対する報復もまた、この国ではテロとして扱われる。
 そして、我々を密殺する機会は、明日をおいてない。
 ――だから。
 明日、周が誰を連れてくるか。それによって、我々の対応も定まる。
「そうね――ミュサ。だから、あなたは来ないほうがいいわ」
「でも周は、そんな悪い人じゃない……優しい人よ」
「そうね、彼は優しい子だわ。だけど、ミュサ――だからこそ、あなたは彼を怖いと、哀しいと思ったのじゃなくて?」
 「……そうかも。彼は――本当に、樹のことしか考えてないの」
 馬鹿みたいに。騎士のように。
 ただの、恋する少年のように。
 恋を認めたがらない、子供のように。
 「嫌いよ」
 ミュサはそう言って枕に顔をうずめ、表情を隠し。
 「――そうね」 
 ただ、バルシュカはその横で答える。
 そう。
 だから彼は――決して首を縦に振らない。 
 わかっている。
 わかっているのだ。

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