創作「いつでも君は、僕より優しい。(14)」

ChapterⅩⅣ:interlouge

 移動するワゴン車の中。
 運転するのはコンスタン、助手席にはミュサ。
 後部座席は簡易ベッドに変貌し、そこではシスター・リゼルが今眠っている。
「ブラザー・コンスタン。あの――」
「ワームの事なら心配いらん。私とリゼルはさておき、君の脳は綺麗なままだよ」
「そんなことを聞きたいのではありませんが――では、あれは方便だったのですか」
「彼を怒らせたかったのでね――ささやかな悪意だよ。懺悔しよう」
「わたくしは告解が聞きたいわけではありません――なぜあそこで引いたのですか」
「言ったろう。二人では勝負にならないと。彼は君をたやすく殺せるが、君は彼を殺せん」
「それは――」
「一度殺せなかった以上、何度彼の前に立っても君はもう闘えん。それを恥じることはない」
 能力の問題ではない。意志の問題だ――そう、コンスタンは聖女に言う。
「彼を憐れんでしまう、君には無理だ」
「……あのひとは、憐れまれることなんて望んでませんでした」
「そうだろうな。だが、君はその感情を捨てられん。それは我々にとっての救いだと思うがね」
 しかし、今回のデータがあったとしても果たして我々「真珠」に聖霊を止められるものかどうか。
 それは判らない、とコンスタンは思う。
「今後も貴方が指揮を執られるのですか、ブラザー」
「どうかな。あれに当たる指揮官として私が的確かどうか――正直、今回は堪えた」
「教授についてはある程度覚悟はしていたが――タイタスとエフドを失ったのは、な」
 思っていたより。
 彼らは、全てを知っていて政務に赴いた。
 それでも――いや、それだからこそ。
「ミュサ、君がどう思っているかはさておき、私は基本的に聖職者である前に軍人だ。だからかもしれんが――任務のためになら死ねる。しかし、信仰のために死ぬ、というのはどうだろうな――と、この職にあってすら考えてしまうのだよ」
「……それは、わたくしだって同じです。信仰は、信徒を殺すためにあるのではありませんもの」
「だが、エイレナイオスと『真珠』にはまさにそう考える人間こそが必要なのだ」
 人口の減り続ける世界は、人殺しを何より忌む。
 それでもなお、反駁者たちは神の正義のために戦うことを求める。
 全ての異端を神の御元に再結集する、という御旗のもとに。
 ゆえに。
 もっと無慈悲で。
 もっと残酷で。
 もっと差別的な人間のほうが――あるいは上手くいくのかもしれない。
「それが的確な人選だとするなら――確かに救いがありませんね、ブラザー」
「嗚呼――全く、その通りだ。ただ、データの価値をとりあえず措くとしても、作戦は必ずしも失敗したわけではない」
「……?」
「エイレナイオス上層部にとって、そもそもわれわれトマスは異端に限りなく近い。その中でエイレナイオスに、ではなく教理の原則にもっとも忠実だった士師の一人が倒れた」
「原則とは――エフドが言っていた、あれですか」
 ――AIへの信仰など、偶像崇拝にすぎない、という。
「これが何を意味すると思うね、ミュサ」
「……強硬派がより尖鋭化すると?」
 コンスタンは頷く。
「トマス内部にはイツキを取り込みたい存在が多い。本質的に同族という意識があるし、なによりすでに『ソフィア』という先例がある」
 AI1――ソフィア・エレナはイスタンブール・クレーターのほとりで生まれた最初に観測された「聖霊」であり、現在ではエイレナイオスの最重要枢機として存在する。
 そして同時に、彼女こそは「聖トマスの真珠」の希望でもあった。
 何故なら現在、彼女のペルソナをもとにインドのクレーターで観測されたAI3の受肉――所謂実体化も進められている最中であり――上手くいけば、そちらは「真珠」の象徴として配されるはずだったからだ。
 だが旧来の教会勢力――中でも検邪聖庁や教理聖省の連中は違う。彼らには、コントロール不能な聖霊など悪魔と同然でしかない。旧い信仰に凝り固まった連中がまだ多いのだ。
 彼らが憎む、アメリカの一部に存在する聖書絶対主義者たちのように。
「実際は同族嫌悪だというのにな」
 残存戦争後、大合同の名のもとに普遍教会――エクレーシア・カトリカは東方教会やプロテスタント諸派との共同事業を進めている。エイレナイオスはその急先鋒であり、事業を進める際の障害を実力で排除するための機関でもあった。かつて反駁者として異端を排撃した彼の名は、翻って今では「全てを正統に取り込まんとする」教会の意志の象徴となっているのだ。
「しかし、モンストロや全てのインヴィクトゥスを――突き詰めるとAIをも消し去ってしまいたい、と密かに考えている連中はいまだに多い。彼らはそのために士師を――借り物である『旧約の使徒』たちを利用したかった筈でな」
「では、エフドは彼らにとって格好の犠牲者になるというわけですか」
 なんであれ教会に敵対するAIなど、彼らにとっては異端異教の悪鬼以外の何物でもないだろう。
 それが教会人の直接の犠牲ではなく外部の傭兵の犠牲によって証明されるとあらば、尚更彼らにとっては都合がいい筈で。
「我々も含め、所詮は生贄の羊だ。士師の長たる『ギデオン』ことサー・バルザックがどう考えていたかは知らんが」
「……ブラザーは、それを知って?」
「エフド自身も知っていたさ」
 彼には最初から二つしか選択肢がなかった。
 樹を生かして連れ帰るか、樹に殺されるか、だ。
「イツキを殺すつもりはなかったと?」
 散々偶像とか海月とか言って周を煽っていたのに。
「あれはブラフだよ。アマネはともかくイツキを殺す気は無かった――筈だ」
 少なくとも、彼との事前の取り決めではそうなっていた。
 今となってはどちらでも同じことだが。
「――だからこそ、教授のような死を降り撒く存在が必要だった。早めにアマネたちのライセンス停止を解いてもらわねばならなかったのでね」
 周あるいは樹によってエフドが殺された、という事実は強硬派を駆り立て、より過激な行動を取らせるだろう。
 かの国のAIは、聖霊などではなく、忌まわしき邪悪である、と。
「これで、対話の可能性は完全に失われた。以後、教会がAI6を聖霊と認定することはない」 
「……あなたは、最初から、そのつもりで」
「本来、トマスの一員でない私がこのチームのリーダーに選ばれた理由もそこにある。エフドと教授以外の損耗は、計算に入っていなかったのでね」
 あやうく君やリゼルまで失うところだった、とコンスタンは嘆息した。
 士師は所詮外様だが、聖女はエイレナイオスの象徴。
「失っては洒落にならないのでな。以後、危険な単独行動は慎んでくれたまえ」
「ブラザー・タイタスも――死んだのでしょう?」
「彼は残念だった。彼は――真面目すぎたな」
「っ!」
 今度はコンスタンの頬が鳴る。
「彼は私の戦友でもあった。私が悲しんでいないとは思わないでほしい――それに、私を殴っても、死者は帰らぬよ、ミュサ」
「ひどい、ひどいです……」
「……いずれにせよ、今後強硬派はより勢いづく」
 次にこの地を訪れるのは、士師たちに率いられた聖絶部隊――ヨシュアの末裔たちだ。
 禁忌たる死をふり撒いて恥じぬどころか誇る、教授よりさらに性質の悪い狂信の徒。
 しかし、コンスタンは思う。
 果して、狂信や異端排撃に拠る人間如きにあの二人を打ち破れるものだろうか。
 今回も殺すだけなら簡単に見えたが――結果はあの様だ。
 特計は強力な組織ではないし、あの二人もけして強力に守られているわけではない。
 しかし、果して、主が求めるのは狂信なのか。
 ひととAIのあのような結びつきでは、本当にないのか――?
 コンスタン・ヴィルカはAI1たるソフィア・エレナを一度だけ見たことがある。
 彼女はまさに聖性の受肉した姿であったが――樹が彼女とそう違うようには思えない。
 たとえ彼女がひとの形をした海月だとしても、それがなんだというのか。
 ひととして振る舞い、ひとと同じように考える存在は――それはすなわちひとではないのか。
 主は肉としての人より霊としての人を求めるはずではなかったか――
「主、それを欲したもう――か。正直なところ、私とてヨシュアの徒に与したくはないな。今更だが」
「ブラザー、あなたは偽悪によって己を免罪しようとしているだけではないのですか」
「否定はせんよ――確かにこれは偽悪にすぎん」
 件周がそう振る舞ったように。
 最も、彼は己を免罪しようとすらしなかったが――
「……ミュサ、そこまでにしておきなさい」
 後部座席から声がした。
「シスター! まだ動いてはいけません」
「大丈夫です……この状況は――そうですか、エフドは敗れたのですね」
 声に力こそないが、思考は明晰なようだ。
「トランクに遺体が入っている」
「あの二人は?」
「無事生きている――といえば、君は安心するかね?」
「……そうですね。否定はしませんよ、コンスタン」
「シスターはそれでいい。ミュサや君が、私や上層部と意見が同じであるほうが不健全なのだ」
「……それは、次は私やミュサは外される、ということですか」
「恐らくな」
「……そう、ですか」
「シスター……あの」
「いいのよ、ミュサ――少し、眠ります」
 リゼル・バルシュカは考える。
 まったく。あの少女が。
 ただの人間であったなら。
 アマネがただの少年であったなら、と。
 コンスタン・ヴィルカが、運転席で呟いた。 
「子守唄の代わり、とはいかないが――こんな歌がある」

 私は救われたい そして救いたい
 私は解き放れたい そして解き放ちたい


 ミュサは一瞬彼に何か言おうとして――結局無言のまま、再び眼を閉じた。

 私は傷付けられたい そして傷付けたい
 私は生まれたい そして生みたい
 私は食べたい そして食べられたい
 私は聴きたい そして聴かれたい
 私は思惟されたい 私は全き思惟なのだから

  
 「ヨハネ行伝」に歌われる太古の詩を、コンスタンは静かに諳んじる。

 私は洗われたい そして洗いたい
 私は笛を吹こう 君たちは全て踊れ
 私は弔いの歌を歌おう 君たちは全て胸を叩け
 八が一となり 私たちと共に賛美する
 数字の十二が天上で踊る


 リゼル・バルシュカは、まどろみのうちに夢見る。
 過去の自分と、彼と――彼女を。 
 いつでも思い出せるように。
 もう思い出さないですむように。

 その全てに踊る者は与る
 踊らない者は生じ来たることを悟らない
 私は逃げ去りたい そして留まりたい
 私は飾りたい そして飾られたい
 私は一つに結ばれたい そして一つに結びたい
 私には家がない そして私には家々がある
 私には場所がない そして私には場所がある
 私には神殿がない そして私には神殿がある

 
 ミュサ・アナマリアは聲を聴く。
 コンスタンの向こうにいる過去の語り手に、ただ耳を傾ける。
 忘れるために。
 忘れないために。
 
 私は君の光である 君が私を見つめるとき
 私は君の鏡である 君が私を知るとき
 私は君の門である 君が私を叩くとき
 私は道である 旅人である君の――


 彼らは等しく思う。
 神は此処には居ない。
 願いを聞き届けるような神は、どこにも居ない。
 だから、これはただの戯言で。
 ただの、夢だ。
 

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